「凡夫としての布施行を求めて…」と題する講話

2月29日
 3時に「講話」を終えて慶蔵院にもどると「てらこや」の子どもたちが、自分の友達を連れてきて、一緒に宿題をしたり、プリント学習をすませて、境内で学年に分かれてそれぞれに遊んでいました。
てらこや塾に来た子たち
 この子たちは、3年生グループ。このあと、本堂の裏に回って、さらに秘密基地作りをやったらしく、囲いのテントの中に潜り込んで、立てかけてある木材をほり出して遊んでいました。

てらこや塾に来た子たち
 この子たちは、一年生グループ。どっちボールをしていました。ボールが当たった、当たってないとかでけんかになってしまったみたいです。

てらこや塾に来た子たち
 遅れてきたグルールプは、まだ自分たちで勉強を続けていました。

 こんなふうに、友だちが寄り集まって、勉強したり遊んだりする「てらこや塾」の環境ををもっとたくさんの子どもたちに拡げて生きたいと願っています。子どもたち自身が、今日のように友達を連れてきて一緒に活動を始めていく…このことをどこまでも原点として大切にしていきたいものだと思います。

 さて、「講話」50分話をさせてもらいました。テーマは「凡夫としての布施行を求めて…」と題して話を構成しました。今朝の第43回辻説法の内容を語りながらの自己紹介、「私利私欲を捨て、役に立つ仕事を精一杯にシテイキタイ」、「死ぬことは、布施の完成の姿でありたい…」と先週の桜井ひろ子さんが、ここに来て話されたことや、村人が力を合わせて大きな岩を動かして広場をつくり、それをさらに水タンクに変えていく助け合いの生活を語りました。
 このような活動を19年間続けてきたのが、垣見一雅さんであり、その活動が認められて2009年に吉川英治文化賞を受賞、それは吉川英治が晩年「無財の七施」を心にとどめて、実践し、「人生の達人」と呼ばれたという、その文化賞であれば、垣見さんにふさわしいものだ、「お金が無くても、物がなくても、相手を喜ばすことのできる布施の実践だ…。カルネアデスの板の問いかけがあるが、漂流者が自分命を護るために一人しかつかまることのできない板を奪い合い、相手を殺してしまっても、刑法上は、緊急避難とか正当防衛ということで認められる。これが法律であり宗教では認められないこと…。それは宗教と道徳の違いにもかかわり、親切と布施との違いについても、カルネアデスの板の例えでまとめてみました。
 そして最後に、私たちの日ごろの実践課題として、眼施・和顔施・言辞施・身施・心施・床座施・房舎施
の「無財の七施」について、ひとつでもこころにかけて実践していきましょう…と話しました。
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