第74回「辻説法」に立って…

10月31日
 8時からのお念仏に始まり、15分から半まで74回目となる「辻説法」を若山墓地の納骨堂で行いました。
28日のおはらい町での雨に濡れながらの托鉢の中で、わざわざと立ち止まり喜捨をして、手を合わせ拝んで下さる方々の姿をお話しました。
 私たちは、朝起きることにはじまり、托鉢をすること、喜捨をすること、辻説法にたつことと、全て「こと」の連続として生き、生かされています。
玄関脇のニシキギ
 
中野善英上人は、
「秤がなくては、物をハカルことは出来ぬ。玉も、分銅もなくて『人』を量ろうとしても、そりゃ無理です。
 『事』を計ろうとしても、そりゃ出来ぬ。常に正しき親玉を持て、『阿弥陀さま』を持て」
 

 私たちは仏の心を鏡として我と我が身を振り返らなければならないのですが、それがなかなか難しい。第一仏の心が分からない・知らない・求めていないのですから。しかも、わがままな自分にしがみついているのも私たちです。そんな、私たちがどうやって「正しき親玉」「阿弥陀さま」を持つことができるのでしょうか。
 そこにお念仏があります。「我仏を念ずれは、仏我れらを念じたまふ」と私たちが仏を念ずることを忘れているときでも仏・阿弥陀さまは、私たちのことを念じお育てくださっているのです。
 お念仏を通して、これらのことが了解されて、自分に仏の心をいただいて、日々生き働くことが゛てきるのです。

 
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