ネパール「村歩き」報告 その③ べラウジからバングラン、ガブダ―ラへ。

10月30日

 20日早朝、ドゥガナベシの町を出発。モーターバイクに乗せてもらってべラウジの町の橋へ向かった。昨年の支援の一つとして、幅3メートル、長さ5メートルの橋がつくられることになっていた。今回の「村歩き」の目的の一つに、この橋の完成を確認することがあった。

 べラウジの村の近くに国道が建設され、車が通れるようになった。雨期でない限りは、川を渡ることができる。ところが川が増水する6月、7月の間は、高校生もバザールに出かける村人も、昔のように2時間半の道のりを遠回りしなければならない。なんとかこの川に橋をかけたいというのがべラウジの村人たちの要請であった。

 すでに綿密な計画がなされ、予算見積もりも出来ていた。橋の設計図も完成していた。その聞き取りを行って、昨年12月の「村歩き」で支援を約束。6月に、日本で、支援金をバジさんに手渡すので、先に工事をすすめてもらってよい…と回答してきたのであった。

 一手にこの支援を引き受けてくれたのが小山電工の社長さん。6月29日、三日間伊勢に来てくれたバジさんに直接支援金穂手渡してくれたのだ。

 こうしてべラウジの村人が協力して、建設していた橋は雨期までに6割ほどまで出来あがってきていた。その橋が流されたことを最初に知ったのは、バジからの緊急の手紙によってのことだった。結果、今回の「村歩き」の目的は、ネパール入りの直前に、橋が流された現場の現状把握に切り替えられたのだった。

 バイクは、橋が建設されていた現場に到着した。橋は流されてない。そればかりか、昨年見た川とは全く違っていた。川の流れまで変わってしまっていた。その上に橋をかける予定だった大岩が傾き、その岩の後ろを迂回して川が流れるようになっていた。当然川幅も広がり、概略20メートルの橋が必要と考えられた。

 写真は、流された橋が建設中であった場所。

べラウジの壊れた橋

 この場所から長さ5メートルの橋がかかる予定であったが、それはもはや不可能となった。川幅が変わってしまた。

べラウジの壊れた橋

 さらには、川までの国道も寸断されている。崖崩れが起きていた。この復興の目途も立っていない。
三カ月前の被害の大きさを物語っていた。

崖崩れ

 前のバイクの青年が私を乗せてくれた、メディカルハウスを経営している青年。いわば資格をもった薬屋さん。
村では救急在宅医療の役割も担っている。べラウジの村、さらにバングランの村へとバイクで移動した。

バイクで移動

 バングランでは、植えられた「みかんの苗」を観察。実生の苗で大きくなるはず…と説明を受ける。村人に3本ずつ配布され、各家で責任もって育てることになった。それが呼び水となり、ミカン栽培を志す家が増えだしたとの説明も受けた。

バングランのみかん苗

 バングランからガブダ―ラの村に移動。ここで青年のメディカルハウスに立ち寄る。

ガブダ―ラのメディカルハウス

 そこに支援を求めてきたのが、緑内障の少年。カトマンズで手術を希望している。右目は失明しており、左目がかすかに光を感知している。字もたどたどしく読むことができる。名前はパル君。15歳である。
 緑内障を持病にもっている私は、ご縁を感じて、即座に支援を決めた。

緑内障手術支援

 そこに昨年、支援を決めたスンワ―ル君が、元気な姿を見せてくれた。お父さんと一緒だ。昨年バングランの村でこのお父さんにあった。息子の命を助けてほしいと必死にバジに頼んでいた。慶蔵院の寺世話人さんの一人に似ている。ご縁を感じて支援を申し出た。カトマンズに出て心臓病手術を行った。成功した。今、バレーボールの選手にもなったという。

心臓病手術成功のスンワ―ル君

 ガブダ―ラを後に、バイクで山を下った。これがバイクで走ってきた山道。パタクサールに向かった。

単車でくだった山道
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