ぶつぶつと、つぶやいているだけのブログです。

8月3日
 やっとお盆に向けてのお塔婆書きを本格的に始動させることができました。頭書きは全部すませました。そして各家の先祖代々の盆供養や亡くなった方の戒名を施主名を入れながら、一本一本と書いていく仕事です。座敷に座り続けて、書いていきます。ここ数年、椅子で書いてきたのです。その方が足がラクだからです。ところが机の上は、スペースが限られています。今年は、また原点に返って、畳の上で、座敷机で書くことにしました。
 ところが、足がそれほど苦にならない。どうしてかと考えてみたのです。背筋が伸びたことにありそうです。それで疲れないのだと思います。背筋をのばして座って折れる持続力がついたのだと思います。もうひとつ考えられることは、10キロ痩せたということでしょうか。
 いずれにしろ、ひろいスペースをたっぷりと使って、お塔婆をしあげていっているので意外とペースもあがっています。他のことは考えないで、ひたすら書き続ける。10日間はかかる行です。この間に、経から初盆のお参りが入ってきます。今日は、まだ少なくて三軒ですが、明日、明後日は土曜、日曜と一時間刻みに…何軒になるでしょうか。夜しか書く時間はとれません。今日の内にどれだけ数をのばしておくか、空いた時間をうまく利用する時間の使い方が問われます。その点、座敷を占領しましたから、場所は確保されています。あとは、墨と筆のあつかいへの注意です。10分使っただけでも、墨を残したり、筆をそのままにしてしまうと、次がだめになる…。時間ぎりぎりまで書いて、ほったらかしにして飛び出すと、帰ってきてからが大変。墨が乾き、筆がだめになつていて、回復させるのに時間がかかり、やる気をなくしてしまう。何本も筆を用意しておけばいいではないか…という方もあるでしょうが、それができない貧乏性。一本を最後まで使い切らないと気がすまないという性格…。筆の先がだめになっても、まだいける、まだいけるとついついと使ってしまう…。最初に書いた字と、10日後の字に筆の傷みがしっかりと現れてしまう。あっー、もっと早く筆を変えればよかったと思ってもあとのまつり。最後のほうの字は、マジックでかいたような、一本の一定の線になってしまっているのですから…。どこで筆を変えるかが、後手にまわってしまうのですね。「もったいない」「愛着が出た」「もうすこし使ってやろう」と、ついつい最後まで使ってしまうはめになる…。しかもその筆が捨てられない。残しておいて、やすませて、ときどき使ってみては、まだいける…とおもってみたり。だから、だいぶ字がうまくなったなぁと自分の字を見ているときと、まだまだぜんぜんダメか…と落ち込むときと、いろいろ。
 道具も大切です。大切にするから捨てられない。大切にしたから捨てられない。ほんとうに供養しなければ捨てられなくなるのです。
 自分の人生も、「いのち」も、筆を使うみたいに、終わらせていきたいと思います。自分を自分で筆にして、筆に使って、「いきる」「いかす」「おわらせる」。
 供養とは、養った自分をお供えすること…と言い続けてきました。養い続けねばなりません。おっとっと、さあぁ…、筆を使って、お塔婆も、書き続けねば鳴りません。8時半にはお参りに出なれ蹴ればなりません。今日のブログは、これでおしまいです。

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