青井英二君への手紙

8月21日
 2010年の秋くらいだったと思います。君が仕事場で店長と出会ったのは…。私も二回、店長とお会いして話をさせてもらう機会がありました。
 確かに店長は、厳しい人です。間違いをズバリと指摘して、本人が例え時間がかかっても、指摘された問題点を真面目に考え、どうしたらよいのかと逡巡しながらも努力しようとしているときには、決して見放すことなく、きちんと見ていてくれる人です。
 そして、成果がでたときには、心から喜んでくれてほめてくれる人です。

 青井君は、今回、店長との出会いから現在までを時系列にまとめてブログに書こうとしたが、前島先生からストップがかかったのでやめますと書いて、店長との「ご縁は終わった」と結論だけを報告しています。私がストップをかけたのは、「ご縁が終わった」と書くことにもストップをかけたつもりでした。どのように腹を立てて、会社を辞めてしまっても、これまで支えてもらった恩義をゼロにしてしまってはならない。ましてや今の気持ちですべてを書いていくことは、マイナスを生むことにもなりかねない。書くことは保留にすべきだと指摘したのです。

 また、店長から紹介されて、ベトナム行きの資金を得るために、週何回かを働かさせてもらえることになった運送会社についても、自分の見る目が無かった、これこれこのような会社だったから止めることにした…とブログに自分の目から判断した会社についてのコメントをかなり具体的に書きました。このことについても、私は、「削除すべきだ」との意見を書き込もうと思ったが、なかなかまとめる時間がとれなくてそのままになっているが、すくなくともこのような問題点があると指摘した点について、「お詫び」なるものを掲載しています。

 いずれにしろ、二つの会社を希望をもって、掛け持ちをして、一ヶ月たたない中で、二つとも突然に止めてしまいました。その止め方も、「止める」ことの正式の連絡をとらずに、「もう、やってられない」と「責任をとれ」といわれたことを無視して会社に出て行かず、もう一方の会社では、征服やカードを自分のロッカーにだまって返却して止めてしまいました。

 すべて、短絡的に行動してしまい、私のところに「止めました。これですっきりしました」と報告に来たのです。

 行動してしまった以上、取り返しかつかない。しかし、いまから店長のところに行って、これまでいただいた恩義へのお礼と、しかし、今回、なぜ、このような結論をだしてしまったかについての自分の気持ちを伝え、謝罪するとともに、しっかりと頭を下げて、お礼を言ってくるべきだ、すぐに行って来い…と指摘しました。

 しかし、その日は、店長には会えず、その後も2回ほど行ったが会えなかったが、今日、行ったら会えたものの、開口一番怒鳴られて、そのまま帰ってきましたとのことでした。
 「それで、店長には、これまで世話になったお礼も言えなかったのか」と聞くと「言えませんでした」とのこと。

 オセロゲームのたとえ話で青井君に話をしました。白か黒か、そして白がずっと続いてきて、最後の門で黒になったため、前の黒から今の黒まで、全部黒に変わってしまう…。店長とのやりとりはいろいろとあった、しかし、「君の夢を応援しよう」と紹介してくれた運送業者、「応援する」という店長の言葉、これまでに「ついてくるか」と言ってくれた店長、「かならずできるようになります。時間がかかってもやれるようになります」と私に言ってくれた店長、「これがこなせたら、もう、何にも怖いものはない。」と五月の連休の夜勤の歯医者を70台近くさばききったときに褒めてくれた店長、本社からの決定を、様々にかばい、守ってくれた店長、「正式の社員になってくれないか」と呼びかけてくれた店長、「お前、すぐに即答せんと、一度和尚に相談してからにしろ」と言ってくれた店長…、それらの積み重ねがあって、今日の会社で働く青井君があることは、ブログの中に記録された事実からも明白なことです。
 しかし、まるでオセロゲームのように、それらが一瞬のうちに、全部黒に変わってしまうという結論。出してしまった以上、あとにもどることはできない。前にすすむことを考える必要がある。

 その際に、この結論を出した自分を、正当化するだけではダメなのだ。そうしなければ山は登れないのだろう。正当化しなければ、生きていけないのだろう。その強さやずぶとさをどこからか身につけてきたのだろう。しかし、書くのであれば、苦しみを書くべきだ。分からないことを書くべきだ。客観的な事実を書くべきだ。私の知りえている事実も、青井君の言葉・眼を通して知りえた事実であり、自分で見てきたものではない。

 時間がなくなってきたので、もう一つだけ、私の観点を指摘しておきたい。

 私は、店長を信頼している。店長が「夢を応援する」と言ってくれた言葉も真実だと思っている。その店長が紹介してくれた運送会社、周りの人たちが何をいおうと、自分で決めた12月のネパール行きまでは、はを食いしばって仕事をすべきだ、きっと給料はついてくる…、と店長の判断を、信頼し、信じてきたのだが…。
 青井君は、「自分は人を見る目がなかったのです」といいきってしまっている。それでよいのだろうか。

 労働者を使い捨てにする資本に対して怒りをもつなら、支援者を使い捨てにする自分を。振り返り、自己正当化の道の追求ではない、べつの人道を追求すべきだと指摘しておく。

 この手紙は、コメントに書き込むことはしなかったが、この手紙をどのように引用して、青井君が、自分のブログに自分のことを書いたとしても、すべてOK。書けるものなら、書いてもらいたいと思う。
 


 

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