第72回「辻説法」に立って

10月17日
 中野善英上人は、「一味の言葉」の中で、「いのちは、皆、仏のいのち、大自然からの生命、宇宙大生命の分かれ」と述べておられる。そして「今、私が、釈尊やイエスの生命を使用している」とも述べておられる。
 どんなところで「生命」と表現し、どんなところで「いのち」と表現しているのか…。
 「仏の妙色身は無比不思議」、「妙色身」とは仏のいのち、仏の持てる「ちから」と考えられる。言い換えれば「慈悲」と「智恵」である。その仏の「慈悲」と「智恵」をいただいて、私たちは生かされている…と受け止めるとき、私たちは、ほとけの「いのち」をいただいて、生かされている存在であると感じ取ることができるのではないか。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

リンク
カレンダー
01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる