どうやって知子さんは末期癌から再生したのか…

12月9日
 昨日の成道会、10時からの法要につづき、末期癌のため余命半年と宣告された知子さんが、どのようにして癌から生還したのかについて、語ってもらいました。それは、ある面、お釈迦様のおさとりと共通するところがあると感じたからです。
 昨年10月、異常な下痢が続いたため、受診をした知子さんは、腸にまで転移した末期癌と分かりました。腫瘍マーカーも2000を超える状態で、余命半年と告げられたのです。
 それから知子さんが採った行動は…、手術はしない。抗がん剤は使わない。あるがままの事態を受け入れる。癌もまた自分自身と受け止めることでした。そして、

まず、半年後に再生し復活したいと願いました。再生したら何がしたいかを思い描きました。そして、それができる自分の姿を想像し、実現できるよう願いました。その楽しい生活を、夢見ました。
「自分でできることは、やるだけやって、あとは、おまかせする」という気持ちになりました。
不安は消す、心配はしない、痛みもまた自分そのものと受け止めました。明るく、前向きなことだけを思いました。

① 環境を変えること…ビルに囲まれた都市から、田舎の田圃や畠に囲まれた実家にもどりました。
  そして、部屋をかたずけて、きれいにして、床につきました。
  ほとんど、寝たっきりの状態になってしまいましたが、自分の内と外の環境を変えようと思いました。
② 基礎体温を37度にすること…免疫力をたかめるために普段、34度ほどしかない自分の体温を、37度まで  あげることを目標にしました。そのためにできることをしようと思いました。
  ぬるいお風呂に長く入る。日向ボコをする。温かい土の上に裸足で接する。
③ 食べられることに感謝…一週間ほとんど寝たっきり動けない状態の中で、何も食べられない状態が続きまし   た。しかし、1日か2日は、両親が栽培した野菜を一口でもいただくことができたとき、
  「食べることができた」ことに、こころから「ありがとう」と思えました。
  最初は、水もくさくて飲むことができませんでした。ところが、1月中旬をすぎて、ある日、突然に水が無味無臭に変わり、飲むことができるようになりました。
 
④ 一歩、一歩と再生へ…水が飲めるようになり、今日はここまで、明日は郵便局までと歩いて出かけるようにし  ました。ある日、ゴーヤの黄色い花が咲いていて、そこに蝶が来て、太陽がきらきらと輝いていました。それ  を見て、生きていることの有難さを感謝して受け止めることができました。

  こうして、知子さんは、末期の癌から生還していったのです。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

宣言します

今日決めました。おっさんのまねをします。
昨日の朝、いつものようにご飯を食べようとしたら、いつもと違ってあまり食べたいという気がしなかったので、少しだけ口をつけてもういいやと思い、昼も、晩も少しで済ませました。
今日も、朝はみそ汁と漬物二三切れ、昼は野菜サラダと漬物、晩はごはんと刺身とポテトサラダ、野菜サラダでした。
昨日も今日もほとんど空腹感はなく、今日の三時頃におなかがすいたのでミカンを一個食べました。
今日は体が軽く感じられ、四時ごろから三十分くらい家の中で片づけをしていると、暖房は付けてないのに体がポカポカ暑いくらいでした。
おっさんのまねをすると言っても、今のところ断食をするつもりはなく、一日一食でもなく、食べる量を減らすというものです。
きっかけは、ここのところ毎日トイレに行くたび、こんなに出るのはむだ食いだなあと思っていたところに、昨日の朝食欲がなかったので、今日、これはいけるかもしれないと思ったからです。
でも、もし食べたくなった時は、食べることにします。我慢するのは嫌ですからね。
リンク
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる