ネパールの村、ビルパ二。トイレが村に一つしかない村。

1月1日
 あけましておめでとうございます。昨晩は、9時より仏名会で100礼拝、10時より別時念仏。11時半より下小俣子ども太鼓・高校生から小学校2年生までの9名の演奏が終わり、除夜の鐘がはじまりました。昼間の準備中は、風が強く心配されましたが、夜になるとピタリと風もやんで、沢山の方々のお参りをいただきました。ありがとうございました。年が明けて、除夜の鐘をつき終わったころあいをみて、本堂で修正会を行い、年越しの行事を全て終了しました。

 さて、ネパール報告の続きです。次に訪れた村はビルパ二。ここは、村にまだトイレが一つしかない村だそうです。OKバジさんが話してくれました。
 「トイレが村に作られるようになりだすと、村は変わりだします。」トイレは生活改善のバロメーターであるようです。トイレを作りたいとの要望が、村からでるようになってきたとき、村人の意識が変わり、生活が変わり、村全体がかわりだすというバシさんの指摘は、足元から村の変化、村人の意識変革をみつめてきたバシさんならではの言葉だと受け止めました。
 トイレ一つの建設費は、35000ルピー。粗末な小屋を建てて、その中に、日本式の男女兼用の便器の前の部分がないものを据えて、紙は使わずに、手動水洗のための水の入れ物を設置します。手動水洗のための水は、毎朝、新しく変えられています。途中で無くなれば次の人のために、水を入れておきます。便器の奥に穴が開いているので、私たちの週間では、空いている穴の方を向いて使用してしまいがちですが、現地方式では、それは間違いだそうで、穴の開いている方にお尻をむけなければなりません。ですから入り口のほうに向き直って、日本式にしゃがんで使用します。ですからとてもしたしみがあります。座って使用する様式便座とは文化が違うからです。
 ひとつまだ戸惑っていることは、手動水洗のための水がめの置いてある場所の位置です。奥に置いてあるところ、右に置いてあるところ、左に置いてあるところ、入り口においてあるところと、置く場所がまちまちなのです。私は、右手側の入り口のところにあるのが得手がいいと思いますが…。
 「トイレができれば村が変わる」…。これは戦後日本のトイレの変遷を考えてみても頷けることです。
私たちの農村ではトイレはネパールと同じように外にありました。お寺のトイレも外でした。高度経済成長とともにトイレが変化していきました…。それは核家族化の進展から今日の無縁社会といわれる状況まで見えてくるかもしれません。
 今日はお正月で暇があり、遊んでしまいました。もどします。

 トイレが大切ということが理解できたので、村にトイレが一つしかないビルパ二に、2013年にトイレを三つ支援しましょうと約束をしました。3500ルピーのトイレ三つ。10500ルピーの支援を約束しました。
 そして、トイレができることで、一年、一年と村がどのように変化していくかについて、毎年、この村を注目していきたいと思えてきました。その後、訪れた村でも、このような思いをもった村に出会うことになります。

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