ネパールの村、チャップダーラ。外国人が初めて宿泊した村。

1月2日
 ビルパニを後にして、この日の宿泊地であるチャップダーラに向かいます。出発したのは5時を回っていました。2時間くらいで到着できるだろうか…。途中かなり危険な山道を越えなければならない箇所もあるといいます。女性を含む6名のお迎えがありました。私たちがビルパ二に到着したときには、すでに待っていてくれて、夕食を作って食べると準備をしていました。

 いよいよ荷物をもってもらって出発。日が暮れないうちに、できるだけ進んでおかなくてはならないと先を急いだものの、途中でたっぷりと日は落ち、懐中電灯で照らしながら下りの山道を進みました。途中で、OKバジさんが「山道は危険で暗いから、こちらの迂回道路からいきませんか」と村人に提案してくれました。

 すると「その道では、あと1時間半かかる。そんなに危険なところはない。だいじょうぶ。こちらの道なら40分で到着する」と下りの山道に入ることをすすめました。村では、夕食を用意して、初めて外国人が村に泊まってくれることを喜んで待っていてくれるというのです。一刻も早く村に着きたいという彼らの気持ちも良くわかりました。5時までには到着したいと、朝サチコールを出たのですから。最後の山道に入ると、後ろから村の人たちがついてくれて、道を照らしてくれます。左側は崖、道も石かごろごろしていて歩きにくい。体がぐらついたり、足を滑らすと、後ろから村人がさっと肩や肘をつかんでくれます。緊張と疲れとで、途中で休憩をとったとき、村人が木の枝を折りとっています。

 OKバジさんが「彼らは何をしていると思いますか」と聞かれるので「山羊の餌でもとっているのですか」と応えていると、正解はすぐに分かりました。
 
 村人は、折り取った木の枝を地面に敷いて、「どうぞ」と私たちをそこに案内してくれたのです。
「せっかくですから、座らせてもらいましょうか」とバジさん。村までは、そこからまだ30分ほどかかるとの事です。時計は7時をさしていました。

 休みを取って全体のペースが上がりました。村人にはさんでもらって、村人、河村、松井、前島、村人、バシさん、村人と列を組んで進みます。普通の山道や単純な登りでは、かなり体力に自信がついてきていました。息も切れることなく、かなりのスピードで歩くことが出来るようになりました。しかし、今回の夜の崖道の歩行は、体のバランスがとれず、左側の暗い崖が気になり、しかも足場の地面が崖側に少し低く傾いていることや、懐中電灯で浮かび上がった石が、どのくらいの高さの石なのかが全て平面に見えてしまって、感覚が取れない…。前を歩く松井さんは、私よりも条件が悪いのに、ときどき懐中電灯の明かりを消して、すっ、すっとバランスよく歩いていきます。「ふだん山を歩いているから大丈夫です」と彼が言っていた意味が分かりました。9月から山を歩いて一週間に一度、2時間の時間をとって川村君と小山さんと3人で訓練を続けては来ましたが、この山歩きは、体力づくりだけを目的としたものにすぎなかったのです。
 無事に村に到着すると、バジさんが「ご苦労様でした。こんどは、夜の山道での訓練も積んできてくださいね」と笑っていましたが、これからの訓練の課題を見つけることができました。ひとつ思ったことは、靴底のあつい登山靴よりも、地下足袋のようなものの方がいいのではないか…という考えです。来年に向けて、地下足袋トレーニングを開始してみようと思いました。
 さて、村人たちは、私たちが到着する、軒に筵をしいて、そこに座らせ、まず山羊の肉をだしてくれました。それと一緒にお酒の飲める人にはお酒がふるまわれました。村の人たち全員がその前に集まって私たちを歓迎してくれています。真っ暗ですから、ほとんど見えないのですが、ずっと奥までしゃがんだり座ったりして、こちらを見てくれています。
 バジさんのところに「歓迎の踊りをしましょうか…」と誰か言いに着てくれました。バジさんが何か応えて、私たちにこのように説明してくれました。「歓迎の踊りをということでしたので、私たちは、疲れていますから、食事をいただいたら先に寝ますから…といいました。でないと延々と朝まで続きますからね」と。
 結局、その番は踊りは行われませんでした。

 体が冷えてきて、食事は、家の中に入ってということになりました。中に入れていただくと、そこには、生まれたばかりの子牛が筵の上に座っており、置くには、鶏の竹で編んだ三角の伏せてあるだけの籠が三つおいてありました。そこで食事をいただき、バジさんはその場に、私たちは二階に眠らせていただきました.二階には、木のべツトが大・小ありました。
 この村では、幼児教育の教室に必要となってきた机と椅子の5脚分として、5000ルピーをその場で支援。
さらに、村から少し離れたところに立っているミッテル小中学校に支援の約束をしました。この学校には、私たちが帰国する日、ネパールに入り、直接、この学校にこられることになっている福岡の先生方のツアーのことを知らされました。、ここに中野先生という方がおられます。この中野先生が、教室の増築を支援してくれているというのです。中野先生には、川村君が4年前に一人で始めてバジさんに会いにネパールに来たとき、ご縁をいただいた先生です。

 中野先生が立てられる教室なら、そのお手伝いを、私たちもさせていただきます。何が必要ですかと聞くと、まず2013年には、机と椅子が足りないとのこと、そして学校が日常的に必要とするのは、消耗品のために使える教育・教材費だというので、次のような支援を約束しました。
 3013年から向こう5年間、毎年1万ルピーの消耗品代を支援する。6月にOKバジさんに5万円をお渡しし、それを基金にして5年間の支援を継続する。毎年、年度末に報告の文書をいただくことの約束をしました。
先にバジさんにお渡しする5万円は、基金として5年たったらまた別のところにまわす事ができます。先にもかいたように、5万円を基金として村人が管理し、お金を貸すことで、利息を1ヶ月1000ルピー得ることができる。その1年間分の利息をミッテル小学校の支援に回す。5年経過しても基金の5万円は無くならないというシステムです。
 こんどは、この村の人たちによって管理されている村の銀行の組織を勉強したいと思います。

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