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ネパールの村、バングラン ここに二教室が建設されました。

1月4日
 19日、バングランのアコラ小学校で開催される村あげての歓迎会に出席するため、18日は実質6時間と言われたチャップダーラまでの道を、村々で聞き取りをしながら、休み休み、12時間以上かけて歩いてきました。そして、19日、朝からパタクサールの村に寄り、やっと当初からの最終目的の村、バングランに到着しました。歩くこと2時間。

 この村にあるアコラ小学校に、慶蔵院に集約されたネパール支援金が元になって、村の人たちの建設労働と郡からの補助も入り、一棟二教室が建設され、すでに新学期から教室は使用されてきたのですが、こうして私たちが訪問する機会にと、村をあげて歓迎かをしてくれたのです。

 場所は小学校の校庭。私たちが到着したときには、テントが張られ、いすが並べられ、準備がすすんでいました。すでに沢山の人たちが校庭に集まってきていました。

 近隣の学校の校長先生や村の偉い人も参加するとかで、午後の何時から始まるのかは、来賓があつまって、機運が盛り上がってから…という感じです。

 私たちは、日向の畠の中に筵をひいてもらい、そこでミカンをいただきながら、ゆっくりした時間をすごしました。それから昼食に、アワをふっくらと焼き上げたものに、天然のハチミツをかけて、ショウガとシナモンの葉を煮出したお茶を砂糖無しでいただきました。

 私は、何度がいただいているアワの「ちから」がとても心地よく、すでにサチコール村でアワを5キロを、日本に帰ってからの自分のお土産に、わずかなお礼だけで、いただいて帰ることにお願いしました。サチコール村に留まって、子どもたちにギターを教えてくれている横井久美子さんたち東京グループの皆さんが山を降り、私たち伊勢グループと合流するところまで、車に乗せて運んできてもらえることになっています。

 代わりに、私たちは、バングランで飼われているミツバチのハチミツをツアー参加者9名、全員で分けることができるようにと8kg、ビンに入れて分けてもらうことができました。このハチミツは精製前の蜂の巣に蜜がつまったままのハチミツです。カトマンズに着いたら、タッパーに詰め替えて、日本に持ち帰るようにと指示してもらいました。これは固形物扱いのようで、手荷物に入れていた人も没収されることはありませんでした。

 「何時始まるか分かりません。来賓が到着していなくても始めてもらいましょう」とバジさんが、申し入れてくれて、歓迎会が始まりました。国家が歌われ、歓迎の踊りが、子ども達のグループによってム踊られる合間に、来賓の挨拶が続きます。一人ひとりが、演説口調で、かなり長々と喋ります。それを子どもたちも大人たちも、赤ちゃんを抱いた女性たちも、みんな椅子に座って、聞いています。一つ挨拶が済むと、また歓迎の踊りが入ります。 
 私の番になりました。二教室ま前に張られた赤いテープをカットし、伊勢の慶蔵院からの支援で建てられたと欠かれた看板の除幕を行いました。これは、まだ仮の看板で、今回の歓迎会のために用意をしてもらっもので、後日石に刻まれた永久保存のものに変えられるとのこと、そこにどのように刻むかについて聞かれましたので、つぎのように記載してもらい、何か、記念に残る言葉も…ということでしたので、下記の通りお願いしました。

 アコラ小学校一棟二教室の設立支援者の名前は「OKバジを支援する三重の会」(OKSSMIE)とする。
 SSは、サポート・ソサイティーの略です。
 記念の言葉は「光をいただいて、光に育てれらている、この私」と書いてもらうことにしました。

 そして、私たちは、「ふるさと」と「幸せなら手をたたこう」を歌いました。「肩叩こう」「頭叩こう」「足鳴らそう」と態度でしめしていくと、会場が爆笑につつまれました。

 最後にOKバシさんが挨拶に立ちました。 …明日につづく…

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