バングラン村、アコラ小学校での歓迎会にて…

1月5日
 アコラ小学校での歓迎会の最後の挨拶にOKバシさんが立った。バジさんは、こんなときいつも「皆さん、私たちが死んでしまっても、ずっと残るものは何でしょうか…」と村人や子どもたちに問いかけます。「周りを見てください。山があるでしょう。山がどうなっていますか。私の頭のようになってしまっているでしょう。私の頭の毛は生えてはきませんが、こうなる前に、山に木を植えましょう…」と呼びかけているのです。

 燃料が薪であるため、山の木はどんどんと伐採されて、このままでは山は禿山になってしまいます。牛糞などを利用したバイオガスの普及も支援の中で進めてきていますが、まだまだです。バジさんは、木を植えて、木を守ることへの村人の意識を変えようとしているのです。

 「前島さん、あの10ドルを、さっそく使わせてもらってもいいですか」と挨拶に立つ前にバジさんが声をかけてくれた。この10ドル、サチコール村で踊りだしたバジさんの鉢巻に、投げ銭として私から祝儀としてお渡ししたお金のことです。村人が踊りだすと、その鉢巻に、現金を100,200,300ルピーなどと、差込に出て行って、踊りをもりあげていく慣習があるのです。

 バジさんは、祝儀の10ドルも、村人のために役立てようというのです。

「アコラ小学校の完成の記念に、木を植えよう。何の木がいいですかと聞いたら、ミカンの木がいいというのです。ミカンの木を一本植えると、7年で1000個の実がなるというのです。10ドルあれば、16本のミカンの木を校庭の周辺に植えることができるので、子どもたちに飢えてくれますかと提案したいのです。10ドル、ミカンの木に使わせてもらいます…」と。
 
 こうして、バジが、ミカンの木を植えましょうと提案、「みなさん、植えてくれますか。植えてくれる人手をあげて…」というと、子どもばかりでなく大人も主婦も手をあげたのです。

 それで、私は、バジさんのもとに駆け寄り、「10ドル,16本では足りないから、もう10ドル」と10ドル札を手渡しました。「ええっ、いいんですか。皆さん、これで32本、植えることができます」とバジさん。

 それでも、手を上げた人の数には到達しません。

 私は、もう一度バジさんに声をかけました。「もう一度、植えてくれる人に手を上げてもらってください」
「では、32本のミカンの木、この周りに植えてくれて、大きくなるまで、水をやったり、肥料をやったり、お世話をちゃんとしてくれる人は、手を上げてください」とバジさんがいうと、50人ほどの手が上がったのです。

 私が、財布をもってバジ後ろに立っていくと、私の意図を察してか、婦人グループの方からは、明るい陽気や笑い声が起こっています。

 「ハイ、バジさん、32本では、足りないから、もう10ドル」と後ろから10ドル札を差し出すと、婦人グループは、ワッーと大喚声…。この反応…、檀家さんの反応と同じなのです。

 バシさん、大げさに驚いて、「ええっ、これで48本になりました。ミカンが48000個なりますよ…」と。

 こうして、公式の歓迎会は幕を閉じたのですが、その後も延々と踊りが続いたようです。

 「切りがありませんから、私たちは失礼しましょう」とバジさんが言ってくれて、私たちは村に戻りました。

 しかし、それからがバジさんの仕事のはじまりです。しばらくすると歓迎会に駆けつけてくれた近隣の校長先生が、みんなバジさんのもとに集まってこられて、学校の事情についての要望や、打ち合わせが続きました。

 そして、その最中に、別の村であるガブダーラから、一人の初老の男の人が村の代表者と一緒にバジさんを訪ねてやってきました。その表情には思いつめたものを感じ、私は、その初老の男の人の訴えに耳を傾けました。この人が、どこかしら、私の寺の寺世話人の一人と目が似ていたのです。…続く…

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