ネパールの村、ガブダーラから来た初老の男性

1月6日
 ネパールの人の年齢は分かりにくい。見た目よりずいぶん老けて見えるからです。このガブダーラからOKバジさんを訪ねてきた男性も、初老の人と思ったけれども、それは私のことであって、私などよりもずっと若い人なのだろうと今になって思えます。ただ、私のお寺の寺世話人をしてもらっている方に目が似ていたので勝手に、お孫さんの相談に来たのだと思いつつ、この男性のバジさんへの真剣な訴えを聞いていたわけです。一緒についてきてくれた村の代表者は終始だまって、心配そうにそのやり取りをうなずきながら見つめていました。

 ネパール語で語り合っています。バジさんが私に向かって「私のネパール語では、マガール語を話している村の人たちにもなかなか通じないので、こうやってネパール人の通訳がいります」とバングランの私たちが宿泊させていただいた村の代表者に時々説明をしてもらいながらのやり取りがつづきます。

 この間、私が理解しえた内容は、名前をマンバハドゥル・スンワール君という16歳の少年が心臓病で寝たっきりになっているというのです。バジさんもその少年に会ったことがあり、顔がむくんでしまって、手術をしないと治る見込みはないとのこと。バジさんの方で、検査入院のための6000ルピーは、すでに行っており、その結果のレントゲン写真など診断書も、今回持参しての要望にやってきたのです。

 「会ってしまって、顔を見てしまうと、情がうつってしまいましてね。手術をしても助からないかもしれないのですが、手術をすれば何とかなるかもしれないという気持ち、助けたいので手術をしたいという訴えをもらうと、何とかしてやれないかという気持ちにさせられましてね…」

 「手術代は5万ルピーだといいます。オーストラリアのNGOがカトマンズで手術のできる病院を開いてくれているのです。この病院ができてほんとうに助かっています。それまではインドに連れて行って手術をしてもらっていたのですから…。しかし、手術となると切りがなくてね…。検査だけは、だれでも一律に6000ルピーをするという基準を決めたのですが、5万ルピーの手術代は自分たちで工面しなさいということを原則にしています。でないと切りがなくなってしまうのです。しかし、この村の人たちに5万ルピーを用意することは絶対に不可能なことでしょう。借りることも、借りても返していくこともできないでしょう。子どもと会ってしまっているだけにね…」とバジさんも頭を抱えています。

 「バジさん、その5万ルピー、私の方で支援させてもらいましょうか。」と口を挟みました。

 「いえ、いえ、もう、たくさん支援をしていただいていますし、だいじょうぶでしょうか。しかし、彼らには準備できるはずがないことはわかりきっていることですし」

 この私たちの話を、初老の男性は、うつむいて、まんじりともせず、膝をそろえて、軒の土間に腰掛け、手を握り締めて、握り締めた手を、律儀に膝の植えにおいたままで、話を聴いています。まったく分からない、日本語のやりとりを…。藁をもつかむような思いを、体中から発信しながら…。私には、その気持ちが、言葉ではなく、言葉以上に伝わってくるのです。

 「バジさん、大丈夫ですよ。6月にバジさんが伊勢に来てくれるときにお渡ししますから、それまで立て替えていただいて、手術を受けさせてやってください。支援します」と伝えました。

 バジさんは「ありがとうございます。では、こうしましょう。基金の中から、2万ルピー、こちらで出します。残りを伊勢で支援していただけますか。しかし、自分たちでも、たとえ少しでもお金を集める努力をするといいのですがね。」と、バジさんは、もう一度、村の代表者にも「いくらかは、自分たちでお金を工面できないか」と話しかけていました。しかし、そのやりとりの答えは「お金を借りれるところもない」との返事。

 「それなら、バジさん。3万ルピーの支援の内、1万ルピーは貸付にしましょうか。私たちが1万ルピーを貸すことにして、これに関しては、バジさんを通して、いずれは返金してもらう。のこりの2万ルピーは支援するということで、話をしてみてもらえませんか」と私。

 現地の通訳も交えながら、具体的な支援の額の話、そして1万ルピーの貸付の話、借りたお金を返すことができるかどうかについてのやり取り…がつづきました。

 それまで、まんじりともしなかった初老の男性は、体中を震わせながら、その話のやり取りをしています。寒さもあることはあるでしょう。かれは半ズボンの素足に草履のいでたちですから。日が傾くと一気に冷えてきます。しかし、私には、その震えは、寒さのためではなく、これで子どもの手術ができるかもしれないという、かすかに見え出した灯かりが、消えてしまわないように、なんとか、つなぎとめ、大きな灯かり・希望へと膨らませたい…との体ごとの願いが、震えになっているのだと感じていました。

 初老の男性は、「一万ルピーを貸してもらえるなら、何としてでも働いて返していきたい」と通訳をしてくれていた宿の主人に応えたようです。彼が、バジさんに説明しています。

 「わかりました。では、伊勢からの支援を2万ルピーと1万ルピーの借用書をつくり、残りの2万ルピーは私のほうで準備するということで、手術代の5万ルピーをお渡しすることにしましょう。」とまとめました。
 話がまとまって、私たちが握手を交わすとき、初老の男性は、満面の笑みで持って私たちの手を握り締めました。
 「ほら、いままでみたこともないような笑顔で、喜んでくれていますよ」とバジさん。何度も頭を下げながら、
そして足早に、二人は村へと返っていきました。

 日本に帰ってからの後日談です。

 私か、12月28日、年末のお寺の周辺の檀家さんの屋根の一年間の落葉を掃除するためにあつまってくれた寺世話人のみなさんに、私が、この話をしたところ、午後になって、堀江さんがきてくれました。

 「家に帰って、家内に心臓病の少年の手術のことを話したら、家内は、自分も心臓が弱いから、そのこの手術のために1万円を寄付するというので、そんなら俺も出すわと、これ2万円、支援させてもらいます」と届けてくれたのです。

 さらに、12月31日、除夜の鐘の前に行っている仏名会と別時念仏に来てくれた高石さんにもこの話をしたら、「おっさん、私にもださせてください」とその場で1万円を支援してくれたのです。

 みなさん、ありがとうございます。みんなの心で、スンワール君の手術の成功を「願い・祈り」たいと思います。

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