鳩の子の三日間 その3

5月3日
 五月一日、水曜日、今日は96回目の「辻説法」の日だ。「辻説法」は2年前の四月から始めた。毎週水曜日、午前八時から若山墓地の納骨堂の前でお念仏、八時十五分から十五分から二十分の「説法」をする。だれも利いてくれなくてもご先祖さんに聞いていただければよいからとお墓を選んだ。しかし聴聞者ゼロの日は、これまで一度もなく、いままで続いてきた。これからも続けていきたい。
 四月になって、毎回「辻説法」の中で報告していることがある。それは、夜十時までに眠ったか、そして朝三時に起きたかという一週間の生活記録である。ここ三週間,三時起床は実行できてきた。夜の十時就寝は、一時間送れが二回、二時間遅れが一回とまだまだである。早く寝なければ、早く起きれない。あたりまえのことである。この生活のリズムを体に叩き込む。これが今年の自己改造の課題なのだ。
 
 三時過ぎにマーちゃんをのぞくと顔をあげて背伸びをして私を見上げた。元気そうだ。再び廊下の電気は消して、仕事に入る。マーちゃんの鳥かごには10ワットの裸電球がついているから、暗い廊下で光っている。マーちゃんが外にだしてくれと鳴いた。その声が低くかすれていた。グェー・グゥエー…と聞こえる。「あれっ」と一瞬思ったが、無視して仕事にはいった。六時、勤行の時間。本堂にあがる。

 六時四十五分、マーちゃんのところに行った。たっぷりと声をかけて、抱いてやろうと…。
ところが、仕事中にも二度、三度と鳴き声がしていたし、籠の中のダンボールを揺らす音もさせていたマーちゃんが、また倒れている。手に取った。温かい。温かいのに、私の手の中で、みるみるうちに体温が下がっていくのがわかる。左手にマーちゃんの心臓の音が伝わる。動いている。マーちゃんは口を空けたり締めたりして息をしている。眼に力がない。「なぜだ」「さっきまで、三時間前まで鳴いていたではないか。」「あの鳴き声が低くかすれていたのは、こういうわけだったのか。マーちゃんの必死の助けを求める声だったのか」「なぜ気付いてやれなかったのか。」「元気にしていたではないか」「電気の熱が足りなかったのか」「いや、逆に熱かったのか」「渇水状態をきたしたのか」「どうしてだ、どうしてだ…」
 落ち着いていられない。月曜日の朝のようにもう一度しっかりと手で温めなおそうとするのだけれど、私の手があたたかくならない。逆に冷えてくる。妻を呼んだ。「豆乳を温めてきてくれ」と。
少しあつすぎる豆乳をさましながら、マーちゃんに与える。豆乳をたらすとマーちゃんは首をあげて、振りながら、その大半を散らしながら、わずかに口に入れる。何度かそれを繰り返す。
 それに応えるかのように、マーちゃんは、ゆっくりと羽をひろげて三回、空気の水をかくような速さで、羽ばたいた。マーちゃんは、「ぼくも空をとびたかった…」と行っているように思った。そして、またマーちゃんは同じように羽ばたいた。マーちゃんの魂がこの羽ばたきとともに、登っていくように感じられた。
それは、妻も見ていた。確かにマーちゃんは、私の左手の中で羽ばたいていた。
 娘も起きてきて、マーちゃんの様子を覗き込む。
「あんなに元気だったのに、いきなり、倒れた。今日はだめかもしれない。助けられないかもしれない」
どうも、私の気持ちが弱気になってしまっている。このまま手に持っている時間的余裕もなくなってきた。今日は八時から「辻説法」である。
 そっと、マーちゃんの首を手のひらから下にたらしてやった。そして頭をなでてやりながら、マーちゃんを看取ってやろうと決心した。
 マーちゃんの心臓の音だけを左手の手のひらに感じていた。それがゆっくりと、ゆっくりと、ちいさくなって、すっーと消えた。私が看取ろうと思って二分もたっていなかったろう。
 マーちゃんは、私の手の中で、息を引き取った。
 マーちゃんは、何をしにここに着たんだろう。何を伝えたかったのだろう。何を教えてくれたのだろう。その宿題を、私はこれから時間をかけて解いてゆくことにする。
 マーちゃんをテッシュのふとんに寝かせ、辻説法の準備に入った。時計は七時二十分を回っていた。
「マーちゃん、埋けたらへんの」と娘が聞いた。
「あぁ、ゆっくりと、父ちゃんが埋ける。どこに埋けるかをゆっくりと考えたい。」と応えた。

 マーちゃんは、私が、公孫樹の樹の下の、踏まれることのない場所に、一人で埋けた。この場所は忘れることはない。宿題が完成して、いつか、マーちゃんに報告しなければならないから。

 土曜日には、松島さんがマーちゃんに会いに来るだろう。松島さんに報告するつもりで、三日間を、ここに、まとめた。

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