日本語学習、まとめ段階の日々…

7月11日

 朝から定例の試験、2枚。八木先生に指示されて作文の回収を行いました。ホア君が三種類の作文を提出…。「他の人は…。ホア君は三つも出しましたよ。」と請求すると…女子が口々に「私たちは昨日までに出しました。ホア君が出したのは、これまでに出していなかった分です。」それを聞いていたホア君「ハッハッハ…」と笑っています。

 後でホア君と話しました。
「昨日はホー先生がいませんでしたから、女子は3時頃まで作文を書いていました。僕も遅くまでやりました。7時に起きて、7時半にフォーを食べました。朝食はアィンさんが作ってくれました。山本さんもいっしょに食べました」
「眠くないですか。前島先生が起きた時間にみなさんは寝ています」
「前島先生は何時に寝ますか。」
「私は昨日は9時に寝ました」
「私たちは昼寝をしました」と会話が続きます。。

 八木先生の作文指導、半端ではないです。
提出表が作られていて、「これと、これは、一回目、まだでていません。早く出してください。日曜日に、八木はこれを全部直します…」と。
 全ての活動、食事支援をいただいた家庭訪問とか伊勢高校や和順幼稚園を訪問したこととか、茶道・華道・書道を学んだこととか…全部のテーマで作文を書くことが指示されています。

 そして提出された作文を、八木先生は全部活字に打ち直し、皆で読み合わせ、間違ったところを訂正し合っていきます。それが何回も繰り返されて、最終的に完成した作文の提出に…となります。しかしそれで終わりません、今日の授業を見学していたら、八木先生が子どもたちにこんな風に指示しておられました。

 「完成した作文を八木は、全部まとめて冊子にします。それをお別れ会までにみなさんに渡します。みなさんはには、その中の何かのテーマについて、お別れ会でスピーチしてもらいます。ハイ、あなたは伊勢高校について、あなたは家庭訪問、あなたは広島旅行、あなたは「はなの苑」介護実習…というように。」

 「見てもいいですか…。読んでもいいですか…」と質問がでます。
「手に持ってもいいです。でも、読んではいけません。話してください…」と

 さらに「お別れ会の挨拶は別に考えてください。スピーチと挨拶とは別です」と指示しています。
ですから、午後、昼寝をしてからの3時間、いえ、食事に行くまでの2時から6時まで、子どもたちは教室にこもって、することがいっぱいです…。

 日本語の授業のテーマ⇒体験・交流⇒作文⇒読み合わせ⇒作文二回目⇒完成作文提出⇒冊子⇒スピーチという流れが25回の授業の一つ一つに組み込まれています。その授業ごとにテストもあります。さらにこのごろのテストは読み取りのテストも加えられました。
 今日5時半前から行った広島の折鶴の読み取りテスト…難解です。
アィンさんが車の中で妻に言っていたそうです「八木先生は、難しい質問をすることが趣味です」と。

3時間の勉強ご苦労様。

 今日は、ホー先生も奥さんも昨日の森川さんの招待で不在、弁当を2日分つくっ行きますと言ってくれましたが、「いえ、いえ、木曜日は前島の方で作りますから…」と準備。

ちょうど英語教室の日ですから、三浦先生も英語の生徒さんであり相談役の西世古さんも、八木先生も子どもたちと一緒に昼食。

英語教室の三浦先生、西世古さん、八木先生と食事

 今日は午後から2時間、明日の「介護実習」に向けての事前学習。河井先生より…。

介護体験の事前学習

 明日一日の活動内容について、一つ一つ、読みあわせをしながらの説明です。

面白かったのは「ホア君」のところを「ホア・きみ」と読んで、みんなで笑いあっていました。なかなかの人気者です。

いろいろと質問もですます。

「お風呂の介護、女子が先に行きます。男子が後です。」

「その間、ぼくはどこにいるのですか。何をしているのですか」

「ハイ、ホア君は、ホールで一人さびしく待っています」と河井先生が冗談を言うと、

「えっ、えっ」と。

「大丈夫です。ホア君と話したい人はいっぱいいます。いろいろなことを話してくれます。話をして待っていてくください」

 「わかりました」

 「話したことをすぐに忘れてしまう人もいます。認知症といいます。何度も同じ事を聞かれます」

 「それは楽です。同じことを応えればいいですから…」とホアくん。

 このやり取り、そしてこの答えを聞いて、私は「うーん。」と唸らされてしまいました。

これがベトナムだと思いました。
 
 横井さんが1973年にハノイで歌ったとき、文化交流使節団として、たしか一緒に行った滝いく子さんがどこかで書いていたことを思い出します。引用ではありません。私の中に残っている言葉です。

 「車は、国道一号線を北に向かって走っていた。まっすぐな道。周りには何もない。家一つ見えない。照りつける太陽。一人の青年が振り分け荷物を肩に、歩いていた。車が彼を追い越した。『どこまで行くのかしら。あの青年、かわいそうだから乗せてあげましょうよ』と言うと、運転していたベトナム兵が言った。『だいじょうぶです。彼は歩いています。歩いている限り、彼は必ず行き着きます」と…。」

 滝さんは、これがベトナムの力なんだ…と書いていました。二十歳代でベトナムに出会った私が、
今こうしてベトナムの子どもたちと生活をともにできることを幸せに思います。
 
介護体験の事前学習

 5時15分からはじめた試験が難しく、食事支援に出かけるギリギリまで粘りました。今日の支援は3名。女子3人が出かけます。ホア君は「ともいきハウス」。
 女子を妻が送り、ホア君を私が送ります。

稲垣さん、プロのスペイン料理人の息子さんの手料理を用意してくれていました。

「啓子さんも少しどうですか」とアボガドのお寿司をいただいたそうです。そのおいしかったこと…。

女子は「前島先生かわいそう…。ホア君かわいそう…」と言いながら、食事を楽しみ、喜んでいたとか…。

稲垣さんのお宅で

 稲垣さんのお宅のお孫さん、はなちゃんとりんたろう君との記念写真。

りんちゃん、はなちゃんと記念撮影

 今日、はなちゃんからの手紙と届いていました。前回の食事支援でりんたろう君がホア君にお礼の手紙を描いてくれたことは、ブログでも報告させてもらいました。

はなちゃんからの手紙
 
 はなちゃんの手紙を紹介します。はなちゃんとりんたろう君は慶蔵院の子ども会に小さいときから来てくれています。

 「いつもありがとうございます。子ども会やいろいろな事でいつも楽しんでいます。ベトナムの人たちはやさしくてステキな人でうれしいです。二回目の夕食支えんがたのしみです。花火をした時も(夕食支えん1回目の時)ベトナムのお姉さんお兄さんたちとやるからたのしいんだって思いました。これからもいろんな行事に参加させてください。(弟もいっしょに)
 この手紙を書いたのは、前の子ども会の時、坂根さんが「一つの言葉をかければ心にのこる。その言葉のおかげで長年一つのことをやめずにできます。言葉は大切です。おぼえていてください。」といいました。わたしはすごく坂根さんがいったことをわすれられませんでした。だからいつもお世話になっている人に書こうと思ってけいこ先生に手紙を書きました。これからもよろしくお願いします。」と書かれていました。

 坂根さんのお話をちゃんと覚えていてくれました。はなちゃんは、幼稚園のころから毎日絵日記を続けているそうです。その積み重ねてきた「ちから」が、大切な言葉を聞き逃さなずに、心にとどめておくことのできる、もっと大きな「ちから」を付けさせてくれているのだと思いました。

 ベトナムの子どもたちとの交流を通して、日本にはなちゃんのような子どもが育っていってくれることが、啓子先生やおしょうさんの願いであり、夢です。とてもうれしいです。

 はなちゃん、絵日記ずっとつづけてくださいね。和尚さんも、はなちゃんの「ちから」をいただいたので、今日は、こんなに長いブログを書いてしまいました。

 読んでくれた方、大変でしたね。ありがとうございました。そしてはなちゃん、ありがとうございました。

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