第108回「辻説法」…魂に呼びかけてくるもの

7月24日

 水曜日は午前8時、町内の墓地の納骨堂の前で2年間続けてきた「辻説法」の日、今日は5名の方がお念仏を一緒に称えてくれて、8時15分から約20分の「説法」を聞いてくださいました。15分以内に終えたいと思うのですが、延びてしまいます。少し雨もぱらつきだしていましたが、なんとか持ちました。
 ありがたいです。毎回誰かは聞いていてくれるのですから…。

 「辻説法」の内容には、以下のものを入れて話すように心がけています。

① お念仏の功徳
② 大震災からの復興・再生
③ 放射能汚染・被害からの脱却
⑤ 中の善英上人の遺された「一味のことば」より
⑥ 世の中の出来事

 今日は、こんな話をしました。

センリョウ

 ベトナムの子どもたち4名が帰国しました。彼らの笑顔、彼らの思いやり、彼らの心遣いには頭が下がりました。
お年寄りにも子どもたちにも同じように、出会えたことを喜んで、心から思いやりの心を持って交わりを結んでいくのです。彼らの心が開かれていることで、直ぐにうちとけて行きます…。どうしてこんなことができるのだろうか…、外国人にたいする抵抗など、お年寄りにも子どもにも、全く起こらない。古くからの友達であったかのように、すっと心が通じ合っていくのをそばで見ていて感じるのです。不思議です。
 きっと私たちの中にあり、私たちが忘れかけているもの、私たちの魂にかかる根源なるものが目の前に現れた…と本能的に感じ取っているのではないでしょうか。

 子のこの場合もそうだったのではないでしょうか。東京の調布市で、給食を食べた小学校5年生の女の子が亡くなりました。この子は粉チーズアレルギーでした。給食は特別メニューとなることが多かったのです。この日の給食は、粉チーズの入った「ちぢみ」。特別メニューでいつものように給食をいただいた…まではよかったのです。
 ところがこのクラスは学級目標で「給食完食」を掲げていたそうです。「給食を残さず全部食べる」ということですね。残った「ちぢみ」をこの子も食べたのだそうです。

 「私もみんなと同じようにクラスの目標を達成するために、お役に立ちたかったから」と「ちぢみ」を食べた直後に体調異変が起こりました。粉チーズです。助かりませんでした。

 アレルギーの恐ろしさについての体験や実感がない私にとっては、「こんなことがあるのか…おこりうるのか…」というのが正直な気持ちです。

 新聞には子どもの言葉として「完食に貢献したかった」と書いてありましたが、自分もお役に立ちたい、なにか出来ることをしたいという思いの中に生かされている私には、この亡くなっていった子どもの気持ちを思うとき、いたたまれない気持ちになります。
 「完食」というクラスの目標が、この子を縛ったのでしようか。自分はいつも特別メニュー…、クラスのみんなに申し訳ない…、私もみんなと同じように貢献したい…。

 「お役に立つ」とは、戦前の国のお役に立つ人間にという、国民を縛った「お役」ではないのです。こころの中の「魂の呼びかけに応えて、お役に立ちたい…」と生きること。

 魂をゆさぶるものは、目の前にあるものではなく、遠く、はるか遠くから呼びかけてくる仏の声、けっしてクラスの目標でも、近所の人の声でもないのです。

 中野善英上人が「無我」と題して「一味のことば」に書いておられます。名古屋の精米所の伊藤さんの話です。
話をまとめてみます。

伊藤さんは商売を金儲けのためにやっているのではないという…。金は儲けるほど際限がなくなり、ますます欲が深くなって人が悪くなってくる。
それで伊藤さんは「苦労がないことが一番幸福なんだと思って、世間の人々の明るく、喜ぶ顔を見ることを楽しむようになった」というのです。すると「心も楽で、自分もいつもニコニコして居れる」様になったというのです。

 伊藤さんは、最後のご奉公にと浴場を新築して、みんなが入れるように世間に捧げたというのです。

 ベトナムの子どもたちの心に、伊藤さんの心が重なります。給食を食べて亡くなった子どもの「心遣い」に、日ごろから応えあえる「心遣い」こそが、「完食」の前に必要な、究極の目標でなければならなかったのではないのかと思えてきます。

 南無阿弥陀仏、私たちの魂に呼びかけてくる「光の束」を受け止めてまいりたいものだと思います。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

リンク
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる