永遠に輝く後ろ姿

8月5日
 今日は5のつく日ですから断食日。これを書いたら眠ることにします。小松菜と豆乳のジュース、スイカ、リンゴ、梨などを少々食べました。
 今朝は3時から塔婆を書き、6時本堂に上がり、7時枕経に出ました。明日のお通夜・明後日の葬儀になります。なんとか初盆のお参りの間に日程を組み入れることができました。

 8時、9時、10時、1時、2時、3時、6時と初盆のお参りをしました。少しの時間ですが、お経の後にさせていただくお話を今日はこのようにすすめました。

 慶蔵院の寺報「公孫樹」の8月号の4頁に紹介している「一味」の関谷上人の言葉「お盆を迎えるこころ」を紹介しながら話を進めました。

 「蒔かぬ種子は生えぬ。お盆は菩提の種子まきをする日だ。お盆は永久にやさしい母の顔に出合うことができるときだ。お盆はみ仏のいのちにふれて、永遠にかがやく父の姿をおもいうかべるときだ…」

 「菩提の種子まき」とありますが、仏様の心をいただけるように心に種子をまくのがお盆だというのです。その種子はどんな種子、どうやって種子をまくのでしょうか…。
「永久にやさしい母の顔」「永遠にかがやく父の姿」とありますが、思い出の中の母や父の顔や姿を思い出すことだと思います。
 その一つのシーンが、永遠の仏の心となって私の心に種子を蒔くことになると思います。

 私にとってのワンシーンをひとつ。それは、私の高校時代の教え子のおじいさんのことです。

 ある日、ひょっとしたら退学処分になってしまうかもしれない教え子のことで、その子のおじいさんが学校の玄関に私を訪ねてきてくれました。
「先生、ほんとうにお世話になっています。先生のことは、両親や本人からよく聞いています。ご迷惑ばかりかけてもうしわけありません。どうぞ孫をよろしくお願いします」と深々と頭を下げて、それだけを伝えると歩いて帰っていかれました。
 
 私は玄関からおじいさんの後姿を見送りました。校門を出て右に曲がって駅の方に歩いていくおじいさんを…」そして、その後姿に私もまた深々と頭を下げました。
 孫を思う祖父の、少ない言葉の中に、無量のこころを感じていました。

 それから30年もの歳月が流れました。教え子は、おじいさんの跡継ぎとなりました。そして、いま、浄土宗の僧侶の資格を取るための最後の修行中です。

 関谷先生のの「永遠に輝く父の姿」は、私にとって、あの日、校門を出て行ったおじいさんの後姿です。おじいさんの慈愛、仏の心が、いま孫に受け継がれ、あのとき蒔かれた種が、実を結ぼうとしているのだ…と思えてきます。おじいさんの後姿は、「ほとけさま」の永遠の姿でした。
 

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