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お盆行事の最後「かんこ踊り」が境内で行われました。

8月15日
 朝6時半に車を運転して松坂にある団地に7時、お参りに出かけたことから始まった今年のお盆も15日、8時から始まった境内での「かんこ踊り」で、一区切りがつきました。元気に、無事に行事をつとめさせていただけたこと、「うれしくて、ありがたい…」とただ感謝の気持ちでいっぱいです。
 「今年もお盆をつとめることができた。これを後何年間続けていくことが出来るだろうか…。自分の体力と気力がどこまで続くのだろうか…」と思います。不安があるからではなく、むしろ期待と喜びを持って、そのように感じています。当面は体力を整え、調整し、毎日の時間配分をうまく展開できるようにして行くことにあります。
 この点で、今年のお盆は、いくつか前進できたのではなかったか…と思います。
一つは、朝3時に起きることでお塔婆の準備は、6時までの時間にすることができた。しかし14日は、朝だけで間にあわす、夜も2時半までかかってしまったことが反省点となります。いつもなら目ざめている時間に、少しでも睡眠をとっておこうと5時まで眠りました。これも「かんこ踊り」の練習を終えた息子が9時過ぎから手伝ってくれて出来たことでした。独りで会ったらやはり今年も徹夜になるところでした。

二つは、各檀家信徒のお家にお参りに回る棚経を、息子が14日まで一緒に取り組んでくれたことです。家を教えながらの棚経ですから、待ち時間が出てしまいます。遅れて待たすのは私の方、炎天下に少しの影に入って、私が出てくるのをだまって息子は待ってくれていました。
 「ここで、文句を言っても、父親をイライラさせてるだけで、何の効果もなく、むしろマイナス…」と判断して、だまって私の好きなようにさせ、自分のすることは、「ここに入れ」と指示されたお家でお経を称えること…と役割を淡々と担って行く姿は、まったくの母親譲りです。

 後半には、妻の指示で訪問する各家の地図おとしをして、息子にはその地図を見ながら一つのエリアを任せるという方式に切り替えたことによって、ロス時間が大幅に削減できました。ところが私が担当したエリアでは、息子を待たせていないという意識とこれまでの半分になったという思いから、お経を済ませた私は、ついついとお檀家さんと話を続けてしまい、時間どおりに終わっている息子に対し、私の担当地域では、1時間以上の遅れとか、最後の家で2時間話しこんでしまうという結果を生ずることになりました。
 「来年に向けて反省をしておくべきだ…」と言われていますが、まあ、時間配分を考慮することで遅れを極力減らすように務めるけれども、対話は減らさない…ようにしたいと思うのです。

 この棚経の[対話」の中で得られた内容は、逐次、整理して発表していきたいと思います。

 このように、だまって棚経を手伝ってくれた息子が15日の施餓鬼法要の中で、少し喋った私の説法について「お父さんは気分でしゃべっている。一貫性がない…」と批判していたとか…。
 その時々の感じたことを、その場で話しているので、[気分」と言われたようだが、お経は「生きている私たちが、お経のご縁をいただいて生れ変ること…真実に幸せに生かされ行くこと。お経は生きている私たちに解かれている教え、私たちをいずれは仏に導いてくれる教え」という主張は一貫しているはずなのですが…。息子からみれば、「宗学的ではない」というのでしょうか。
 私は、これが法然上人の原点だと確信しているのですが、勉強を積み重ねたわけではない私ですから、直感的に喋る話は[気分」ということになるのでしょう…。実におもしろい家族で、これからが楽しみです。

 「お盆だけは手伝ってもらわないとできないが、あとは、自分の好きなように、自分やりたいことをやって、すすめ…。60歳まで何をしていてもいい…。必要ならば支援はおしまない。それまで父さんは、お盆を乗り切る体力・気力を維持するつもりだ…。するとあと30年、93歳までということか…。」

 これができそうな気持になってくるから不思議です。何度でも人間、新しく生まれ変わっていくことができる…とは、101歳の日野原重明先生の言葉です。日野原先生は、101歳で、「10時に寝て、6時に起きる。8時間睡眠をとる」と生活習慣を変えたそうですから…。

 まだ、この場でお盆を総括しておく必要があるのですが、ここらで止めて、妻が入れておいてくれた写真について…。このようなブログ内容では、だれも読んでくれないし、おもしろくない…との妻の配慮が写真なのですが…。それを無視して書きたいことを書く…と、また長々と書いてしまいました。

では、おまたせしました。
 
アンと新しい家

 しばらく届けていただいた新しい家を横に置いて、古い家に住み続けてもらっていたアンちゃんでしたが、お盆中に私が古い家を撤去して、新しい家だけにしたところ…、写真のとおり…。
 終の棲家ができたアンちゃんというところでしょうか。安心しきってこの家の住人となりました。人が来ても、家からでることなく、窓から外を眺めています。

かんこ踊り

 境内で行われた「かんこ踊り」です。今年から花笠の子どもに、はじめて女の子も参加することになりました。それまでは男子のみでした。女の子第一号は、てらこや塾でおなじみのキキちゃんです。弟のワタル君も一緒にさんかすることになりました。この写真はワタル君です。

かんこ踊り

 小学校5年生から、毎年、欠かすことなく踊り続けてきた息子です。現在27歳ですから、20年間ほど踊ってきたことになります。踊り手も増え、踊りが音頭や貝をひっぱっていけるような踊りになってきました。伝統がひきつがれていることが少しずつ見えてきたように思います。

 写真をとっていた妻か、「これ…」と撮ったばかりの写真をみせてれくれました。静岡の平尾上人に見てもらったらなんといわれるでしょうか…。その画面には、平尾上人が指摘された「まるい白い玉」が一杯浮かんで見えていました。写真をクリックして見てもらうと浮かんでいます。「なるほど」です。

 「これはなんですか。」「どうして映るのですか」

 平尾上人は、とても良いことのように話しておられました。お盆に精霊様が御帰りになる前、「かんこ踊り」の輪の中に入られて、いっしょに踊り、そして送られていくように…。

 また平尾上人に来ていただきましょう。朝6時に本堂に上がり、私が礼拝に入る前に、身体を真っすぐに上に伸ばす体操のようなもの…。勝手に名づけて「龍神体操」。毎朝、力をいただいています。
平尾上人にもお伝えしたいです。
 みなさん、完全な形になったらどうぞ真似してやってみてください。それまでは試行錯誤しつつ、一人でやっています。

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