「てらこや塾」の原点になったもの…

8月18日
 高校時代の教え子、川本君から声をかけられていた。「お盆がすんで、18日が空いて来たら、一緒に、永平寺町で行われる希望舞台の演劇『焼け跡から』の公演を観に行きませんか…」と。以前、初演直前、東京事務所での練習の様子を二人で見学に出かけた劇である。
 16年前、私が事務局長、川本君が次長、野田さんを実行委員長に、高橋さんを福実行委員長にいただいて、小俣町の環境改善センターを会場にして取り組んだのが希望舞台「青い空が見えるまで」だった。

 野田さんは、その後町村合併に反対する町長候補として小俣町の伊勢市への合併反対を掲げてたたかってくれた。選挙では負けたものの、合併後の実態が、すべて吸収合併だったことが明らかになるにつれて「もとに戻れないのか…。どうして合併したのだ。誰の責任だ…」などの声を聞く…。
 合併の結果、私たちは小俣町ではなく、伊勢市を視野に入れて活動しなければならなくなった。

 
 川本君は、その後、ずっと希望舞台の劇を応援し続け、全国で、彼ほど実演を観ている人は他にない…と自他ともに認めるサポーターになって、団員たちとの交流を続けてきた。地元では、演劇鑑賞会を支え、粘り強く活動している。

 その川本君のさそいで、私と妻と川本君と高橋さんが18日、永平寺町まで車で走ることになった。朝、5時に出発。北陸自動車道を北上して、9時前に現地に到着した。10時からの一回目の公苑を鑑賞する。会場は町の文化センター。チケットを2500円にしたので、一日に、10時からと2時からの2回公演をして、900人を越える観客を動員したという。その一回目の公演。

 それにしても一つの町内で900人を越える人にチケットを売ったと言う取り組みには驚かされる。希望舞台は、こうやって各地で実行委員会をつくって、観客をあつめ劇を観てもらうという方法を母体にしている数少ない劇団の一つ。山田洋二監督の「同胞」のモデルになった劇団である。

 永平寺町に到着して、「きてよかった」と実感した。

町中に張り出されたポスター、会場案内が目につく。8時半すぎ。前日、朝からの準備がいきとどいている。あとから聞くと30人の実行委員会のメンバーは、ほとんど徹夜状態だったという。昨日報道された新聞が、印刷されて、プログラムに挿まれている。
会場にも張りめぐらされたポスター。高校の文化祭を思い出させるような雰囲気を醸し出す。
ホール入口

 手作りだから、自分たちでチケットを売って、お客さんが来てくれたから公演が成功する…その悦びが「ありがとう」の言葉になる。
ロビー

 公演「焼け跡から」のポスター。初演は「みなし子」の題で行った。直後、東日本大震災があり、もう一度脚本からすべてを練り直し、今回の公演となった。お坊さんが登場するということで、大本山永平寺が公演を引き受けてくれた。これは、お坊さんに公開されるもの。それで3カ月前、永平寺町でも公演できないか…ということで実行委員会がたちあげられることになったという。

ポスター

 開場前の準備が完了して、観客を受け入れる体制が整った実行委員会のスタッフたち。30人がおそろいのTシャツです。

スタッフ

 開演前の実行委員長の吉田さんの挨拶。40年前に永平寺町で希望舞台の前身、統一劇場の実行委員長だった方。当時、町の青年団の団長。
 [私は、なんの肩書きもありません。農業で花を作っています。でもそんな私にも二つ肩書きをいただいたことがあります。ひとつは、40年前の青年団の団長。そして数年前に80世帯の区長さんにしてもらいました。家の前に区長という大きな看板をたててもらいました。…今は青年団もなくなり、町が変わりました。町長さんにいわれて空き家調査をしました。私のところでも13軒の空き家がありました。私の家もいつ空き家になるかもしれません。こんな時代だからこそ、もう一度、人と人とがつながり合い、声を掛け合い、助け合って行く町を再生させなければならないのではないかと思ってきました。そんなとき、希望舞台の[焼け跡から」の公演を町でやらないかと声をかけてもらいました。『やりたい。やろう』と思いました。そして訴えていきました。…こうして900人を越える人が集まってくれて、私は40年前の青年団団長の気持ちに戻りました」と挨拶。

実行委員長吉田さん

 地元の人形劇団が「三つ約束」を訴えました。携帯の電源を切ってください…など。事務的な連絡にせずに、時間をかけて訴えていくところにも手作りの良さがあります。

アトラクション

 劇が終わって、観客のお見送り…。

終了後のお見送り

 吉田さんを囲んで記念写真。吉田さんには、スタッフのメンバーとともに、年内に伊勢に来てもらい一泊してもらって、実行委員会の交流をお願いしました。永平寺町の取り組みや町から学ぶことがたくさんありそうです。
「にんにくの町」とも看板が出ていました。永平寺中学校の校門での60年間続いている、みんなが自然につづけている「礼」…、これはテレビで見て驚いたことがあります。そんな町です。

ロビーで

 こんどは伊勢で実行委員会…と舞台で団員のみなさんと一緒に記念写真。
出演者とスタッフ

 永平寺町の30人の実行委員のみなさんが団員のみなさんと記念写真。
スタッフと出演者

 伊勢での公演は、来年の3月7日を予定しています。秋になったら川本実行委員長の呼びかけで、実行委員が集められることになります。場所は「ともいきハウス」になるでしょうか。駐車場が困ったな…。
そして年内に永平寺町から吉田さんたちにも来てもらって交流会も開きたい…。
 私たちの場合、1回公演ですから、チケット3000円で、500人を集める必要があります。演劇鑑賞会の会員数が600人を切っている中で、500人以上にチケットを買ってもらう…という取り組みをどうやって成功させていくか…、手作りの劇場づくりが始まります。
出演者と

 みなさんとお別れして、妻の希望で、16キロほど離れた平泉寺白山神社まで足をのばしました。白州正子の本を読んで、以前に来たことがあります。当時は、訪れる人も少なく、遺跡の発掘が進んでいました。
 今はかなりの人が訪れるようになったようです。中には入る時間はなく、蕎麦を食べて帰ってきました。私は、蕎麦団子を二種類。以前たくさん買って帰った茗荷が、今日は買えませんでした。

平泉寺白山神社の庭

 16年前に小俣町で取り組んだ希望舞台の公演後、実行委員かいの事務所として借りた場所を「希望の家」として、小学生から高校生、青年から大人、お年寄りまで集まって、学習したり談笑したりする場を半年ほど維持しました。しかし、家賃代がなくなり、惜しまれながら閉鎖を余儀なくされました。

 そのことが「てらこや塾」や「ともいきハウス」につながていま再生されていることに新たな希望を感じます。

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