いま考えていること…お寺の果たす役割

9月1日

 ときどき「てらこや塾」など、慶蔵院で積み上げてきたものを、まとめて話すように依頼を受けることがあります。お寺の活動としての視点からであったり、子どもの活動や人権に焦点をあてて…という場合であったりと依頼を受けるたびに記録をひっくりかえして、振り返ってみるチャンスにしています。

ムクゲ

 その一つ、いま考えていることは、「社会の課題に応えるお寺や僧侶の役割」ということ。二年ほど前に整理してあった記録を、その後の経験を通して、さらに膨らませてまとめてみようとしています。ここでは、その柱だけを紹介しておくことにします。

 ① お寺には信用・信頼というお寺が伝統的に培ってきた「ちから」がある。私たちはそれに応えているか…。

 ② 「無縁社会」と呼ばれる世の中にあって、人と人との「つながり・助け合い・共同・協力」は、お寺の伝統   的諸行事や新しい創造的活動を通して、回復・再生・強化できる。そのような取り組みを行っているか…。

 ③ 身近な人の死に直面した人々に対し葬儀式を通して、亡くなった方を極楽浄土に送るという観点から「死ぬ   こと・生きること」・「称名念仏のちからと救い」を説いてきたか…。

 ④ お寺こそ、半径500メートルの中で生活する人の顔が直接に見える「町づくり」「町おこし」の拠点とな   ることができる。すべての地域住民を視野に入れた活動を展開してきたか…。

 ⑤ 「人のお世話をする」「困った人を助ける」「必要な人に支援の手をさしのべる」「人の悩みの相談にの    る」「困ったときの神だのみな」らぬ、坊さん頼み」などと頼られる・頼りになるお寺の活動を積み重ねて   きたか…。そしてその活動を通して、喜びや生きがいをいただいてきているか…。

  こうやって考えていくと、お寺の活動は、無限大にひろがっていきます。それは医者の仕事、民生委員の仕   事、役所の仕事、国の仕事…などと言い逃れるのでなく、目の前のことに損得勘定なく、「必要な人に、必要  なことを、出来る者が、出来ることを」と一歩踏み出す「おせっかい」がお寺の役割ではないかと思えてきま  す。

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