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西里さんの『公孫樹」の表紙絵 2

9月3日

 この絵も西里さんが描いてくれた絵です。境内の西側にあるタブの樹、南方系の樹で東海地方あたりが北限になる樹だそうです。肉厚の夏落葉で沢山の実をつけ、下に落ちた実は、どんどん芽をだします。その生命力には驚嘆します。
 先々代の祖父が、昭和40年代から「あおい園」という幼稚園を境内ではじめ、それがどんどん大きくなって、境内の西の藪山を切り開いて、そこに園舎を増設していきました。今、その2棟が残され、『一会館」と『てらこや文庫」になっています。それ以外に釣鐘堂と外便所と西側の植え込みとなっているとこにあと3棟の園舎が立っていました。

 ですから大きな欅や栃の樹などが周辺に残されましたが、園舎の敷地にかかった椋の樹は切り倒されました。これも大きな樹でした。椋鳥が実を食べによく群れをなして集まりました。その陰にかくれるようにあった細い山桜は、かろうじて残り、それが今、「一会館」の前の大木に育ちました。「公孫樹」と並んで慶蔵院を象徴する一本になっています。 いつか椋は、場所が選定できれば植えておきたい樹のひとつです。

 山桜同様、少しのところで残された樹がありました。これがタブの樹です。実際には園舎の敷地にかかっていたのです。しかし、祖父は、この樹の幹の部分だけ、軒の庇の屋根に穴をあけ、切りませんでした。

 こうしてタブの樹は残ったのです。当時から大きかったですから太さはあまり変わっていないように感じますが、高さはのびたように思います。沢山の夏落葉の掃除は大変なのですが、この樹も隠れた慶蔵院を象徴する樹のひとつにまちがいありません。

 西里さんが目ざとく選択して、描いてくれました。

西里さんの絵・地蔵堂の裏のタブの樹

 最近、このタブの樹を見ていて思うことがあります。東海大地震がおきれば、4分で津波がやってきます。慶蔵院の海抜は6.5メートル。東日本大地震なみの津波であれば、確実に呑み込まれる位置にあります。どこに逃げるか、昼間であれば、おばあちゃんは、和順幼稚園にいます。和順は、屋上が周辺の避難場所に指定され、その工事も完了しましたから、安全なところにいます。

 寺に居る私と妻はどこに逃げるか。本堂の屋根は大丈夫だと思います。しかしそこに続く、回りの屋根は心もとないですから、選択肢からはずされます。まず、地震がおさまったら外に出る。4分で津波が来る。
 津波からどうやって逃げるのか…。

 私は、このタブの樹に登ろう…と思うのです。枝を切った場所が瘤になっていて、梯子の代わりをしてくれて、そのままでも十分に登れます。もっと登りやすくするために、この枝とあの枝は切って瘤にしておこう…などと思いながらタブの樹を眺めています。

 このことを妻に話すと『自分だけが助かる方法を考えて…」といいます。

 妻をこの樹に登らせるためには、ロープなり梯子なりが必要です。これも準備しよう…何かいいか、どうすればいいか…そんなことを思います。そして、この樹しかない。この樹があれば、津波から命は助かると思えてきます。

 防災は、まず自分の命を守ることから始まります。自分の命をまもって、はじめて他の人を助けることが出来るのですから。最初に、自分を助けることを、みんなが考えるようになって、防災はすすむと思います。

 …とすれば、境内に逃げてきた人たちが登れる樹を他にも準備しておく必要がありそうです。山桜もいけそうです。「公孫樹」「栃」もいけそうです。ワタル君もキキちゃんも、境内の樹をめざして走ってくる…。4分間の勝負ですから。

 夜だったらどうしよう。太陽光の誘導灯がいる。あるではないか…。花壇に…。いまは、トモ君たちが頭をほとんどちょん切ってしまったままになっているけれど…。

 逃げ場所は、決まった。そのためにこのタブの樹は残ったのだ。

生きなければならない。生き残らなければならない。でなければ人助けなどできない。

仏様はだから無量寿の命を持っておられるのだ…。


 

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