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ニンニク畑で思うこと…カラスからの「おくりもの」

10月7日

 午前中ニンニク畑に出た。今日は北村さんは別の仕事がある。しかしカラスによる「被害」は拡大する一方。新しく埋め直したところには今のところ「被害」はないが、畑の真ん中のあたりは五分の一ほどのニンニクが引き抜かれている。

 抜かれたものを探して埋め直していたのでは次のニンニクが抜かれるから、全部を順に点検しつつ、埋め戻したり、土をかけたり、深く植えられているものは、ニンニクがあるかないかを確かめたりしている。手間がかかる。12時前まで4時間近く働いてマルチ一列分を完了することが出来なかった。

 これまで使わなかった「被害」という言葉を「 」で使ったのは、害を受けたとは思っていないからである。ただ現状を表現するのに「被害」と書いた方が、わかりやすい…と思っただけ…。まけおしみではない。

 この「被害」があるから、毎日のように、少しでも時間が空いたら、畑へと出してもらえている。おそらく草だけであれば、まだいいだろうと別の仕事をしていたことだろう。しかし今は悠長なことを言ってはおれない。一刻も早く、この事態を解決しなければならないからだ。自然に草も取ることになる。それだけ畑に手が入ったのである。

ギンモクセイ

 [手入れ」という言葉を実感する。「手をかける」とも言い換えられる。手をかけることを、カラスから教えてもらっている。そしてニンニクを埋め直して、手をかけていればかけているほど、一つ一つが大切になってくる。

 すべてのニンニクに芽をださせてやりたい…と思えてくる。根が張っているか、グラグラしているかと一つずつ触ってみる…、さかさまに植わっているのは掘り出して直す。さかさまでも土をかぶっていれば根を出している。せっかく根が出たのにカラスに掘り出されて並べられて、根がカラカラになっているものもある。
 しかしニンニクは死なないそうだ…。埋め戻せば、また根を出し芽を出すという。「手塩にかける」ということか。このことをカラスから教えてもらっている。

 子育てのことを思う。教育のことを思う。子ども支援のことを思う。子育て・教育・生活の原点に「食」があることを思う。「手をかけた食事」のことを思う。生きることは食べること…。食べなければ生きることができない。よりよく食べなければ、よりよく生きることはできない…。

 山中君がつくり、こんど世話になる「児童自立支援ホーム」のあり方についても考えた。普通の家庭の子に、ベトナムの子どもたちが6週間日本に来て勉強をしていくように、そして小滝さんの慶幸庵に山村留学させてもらうように、合宿で学べるホームがいるのではないか…。まるごと、いまそれが必要な子どもにとって「手塩にかける」第二の親の存在が必要なのではないか。それがなければ、目の前の子どもを自立させることができないのではないか…。第二の親、育ての親、地域の親…、それが「てらこや塾」だ。

 障害者自立支援作業所、高齢者生きがい支援作業所、子ども自立支援ホーム「てらこや」…しなければならないことが増えてきた。見えてきた。

 私がニンニクを植え直している隣の畑、先日「自然栽培」を実験するために貸していただいた畑を、82歳の畦地さんが軽快に草刈り機の音を立てながら、草刈りをしてくれている。草刈り機も自分のもの。よく手入れされている。土木工事の仕事には堤防等の草刈りの仕事も多かったそうで、手なれたもの。

 10時に二人で休みながらお茶を飲んだ。昨日買ってきた3リットルの混合油。畑の三分の一も到達しないうちに無くなってしまいそう…。昼からは、自転車で自分で買いにいってくるから…と畦地さん。

 私は1時から児童相談所に出かけ、4時には子どもたちがやってきて「無言塾」、6時にはお通夜が入っている。


 

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