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ネパール「村歩き」報告 その④ パタクサールからドゥワルガへ

11月4日

 パタクサ―ルの村に入った。15軒の村である。

 昨年の12月にこの村を訪問した際、水源地の汚染が問題になっていた。谷を隔てた隣の村の第二水源から水を分けてもらい、村に水場をつくることができたが、隣の村の生活排水が第二水源地に流れ込んでしまっているというのだ。対策は浄化槽作りしかない…との要望があがった。
 その費用として、12月に5万ルピーの支援を約束、6月にバジさんに手渡すことができた。
 
今回の「村歩き」の目的の一つには、浄化槽がどこまで建設されたかの現場を見ることでもあった。しかし、この村でも問題が生じてしまっていた。資材を運ぶための道路が壊れ、工事がまったくできなかったのである。

 したがってバジの手から、6月に預けた支援金も、まだパタクサールの村に手渡されてはいなかった。

 私たちの周りに村人が集まり、今後のことを話し合った。11月中には道路が復興するだろう…そうしたら早急に工事にかかる…とのこと。水源地の現地も見学したいとの意向を持っていたが、この時期の水源地までの道は、ヒルが沢山出て、防御していないと大変な目に遭う…とのこと。バングランへの道でも足袋に2匹取りついているヒルを見つけてもらって、村人が取り除いてくれていた。そんなわけで、現地見学は断念。次回に回すことにした。

 米の粉でつくった、ドーナツ風のシェルロティという食べ物をいただいた。

パタクサールの村

 支援金根5万ルピーの小切手を渡す。これはタンセンまで出て、現金に換えることが出来るのだそうだ。

パタクサールへの支援

 ここから徒歩で、ドゥガナベシの村に向かった。今夜の宿でもある。33軒の山の上の村。近隣のいくつかの村の中で、2年前まで、この村にだけはもーたーバイクが入ったことがなかった。

 村の若者たちは、山を下る道を、バイクが通れる広さまで、自分たちの力で切り開いていった。やっと道が国道まで達する直前に問題が起こった。大きな岩が邪魔をしていて、人力では道を広げることが出来ないことが分かったのだ。
 この時点でバジに相談があった。「大きな岩を砕くためにブルとーザーでの掘削の費用を支援してほしい…」と。青年たちの努力に感激したバジは、以前、私たちがバジに預けた支援金を、青年達に支援してくれた。その結果、道が完成し、最初に村にバイクを乗り入れたのは、パジだった。私が乗せてもらったメディカルハウスを経営する青年に乗せてもらって、村にはいったという。

 とこか゜、この道も大変なことになっていた。土砂崩れだ。道は完全につぶされてしまっていた。
写真は、国道から見た、山を登るようについている道を土砂が被っているところだ。プルとーザーを入れたところが最も崩れが大きい。

ドゥワルガの道の崖崩れ

 道なき道を、まずバジが越えていった。

ドゥガルワの道の崖崩れ

 山道の途中も崩れてしまっている。

ドゥワルガの道の崖崩れ

 当然、村の青年たちの声は、この山道の修復をしたい…との強い要望が出された。私たちが村に到着した時、
青年が村に帰ってきた。普通に歩けば8時間はかかる場所から、4時間で戻ってきたという。
「バジと村にやってきた日本人にあえなかったら悔いが残る…」と走ってきたというのだ。

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