「てらこや塾」でファンファンのお別れ会

 11月8日
 夜6時、両親の仕事場が東京に変わる関係から転校することになったファンファンの「お別れ会」が開かれました。急な呼びかけでしたがこれだけの塾生やお世話になった先生方が集まってくれました。
 みんなで色紙に言葉を書きました。

 ファンファンが日本に来たのは、小学校の5年生の9月です。現在中学校の1年生になりました。彼が6年生のとき、来日して1年後の10月中旬、学校から、「日本語が上手になって誰とでも仲良く明るく元気なファンファンがどのように『てらこや塾』で勉強してきたのか、『てらこや塾』が地域でどのような活動をしているのか、6学年の人権学習の中で《国際理解・国際交流》のテーマで話をしてほしい…」と依頼を受けて話に行かせてもらったこともありました。
 
 その時も、ファンファンが6学年の仲間に融け込み、職員室にも元気に出入りしている姿に接することが出来ました。

 「てらこや塾」では、日本語の他に算数・数学も勉強してきました。中国の実習生の勉強にまじって通訳も兼ねて勉強をすることもありました。みんなの人気者で、小さな子ども達や来日したばかりの後輩たちにも親切に接してくれました。人情家であるところがみんなから好かれたのだと思います。

 ファンファンへのお別れの言葉として色紙に「信念をつらぬく」と書きました。そして「お別れ会」の挨拶のなかで、「自分の信念を守り抜くことを自分にだけ頼っていると、私たちは弱くて、ふらふらとしてしまうことがある。しかし、いつも基準を「天」といってもよい、「仏」や「神」に置いて、自分は『いま、どうしたらいいのか』と行動をしていけば、軸足がぶれることはない。信念を貫いて生きることができる。強いものに・力ある者に・社長に『ああしろ、こうしろ』と指図されたときでも、「天・仏・神」を基準に行動を選択していけば、たとえ弱い存在の私たちであっても『信念を貫いて生きることが出来る』と話をしまました。

 「つらいときには、いつでもここに来て、1日、2日といれば、また元気になるから、いつでもかえってくればいい…」とも。

 他の塾生も、その話をしっかりと聞いていてくれていました。その姿を稲葉先生が、さかんに感心していたそうです。「てらこや塾の子たちは、こんなに集中して話をきけるのですか…」と。

住職の別れの言葉を聞く「てらこや」の子ども達

 ファンファンのお別れの挨拶です。まだ住所もきまっていません。両親は友人を頼って上京し、そこで仕事をさがし、仕事が決まれば、住民登録をして転校手続きをするとのことです。なぜ今の仕事をやめることになったのかについては、急なことなので私たちにもわかりません。ファンファンも知りません。

 「東京にいっても頑張ります。」とファンファン。中国に帰って行った芳竹や恵ちゃんのことが思い出されます。2年前に水の事故で他界した俊カイはどこにも行かずにここにとどまってくれていますが、いつも別れは突然にやってきます。

 みんなが一言ずつ話、先生方も話しました。平島先生が「ここが日本での『ふるさと』となったんだから…」と、みんなで「うさぎ追いし、かの山…」と歌いました。
 伊藤先生が、みんなにケーキやシュークリームを買ってきてくれました。
啓子は、いつも月曜日につくる「ネパールの粟入りドーナツ」をつくってくれました。あとは御供えに上がった御菓子の食べ放題…。

お別れの挨拶をするファンファン

 最後に記念写真。「だれも集まってくれないんやないかと思っとったけど、こんだけ集まってくれてうれしかった。やっぱりファンファンは、『てらこや塾』の子の中にも、こんだけとけこんどったんやなぁ…。よかったのぉ、ファンファン…」と伊藤先生が、声をかけていました。
 そういう伊藤先生ががって来てくれたケーキの数は、集まったくれた人数にピッタリだったんです。

みんなで記念撮影

 さまざまな事情、家庭にしても、自分自身の課題にしても、いろいろなものを背負いつつ、子どもたちは、自分からすすんで「てらこや塾」に集まってきています。
 この子たちの「願い」に、応えることのできる「てらこや塾」は、もっと力をつけていかなければならないと思います。活動面でも、内容面でも、財政面でも…。

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