第36回「辻説法」に立って

1月11日
 昨日訪問した清涼寺、嵯峨釈迦堂の話から始めました。三国伝来の釈迦如来像、そこに保元元年、1156年に、24歳の法然上人が7日間籠もって仏法を求める祈願をした。そのとき法然上人が出会った、救いを求めて釈迦堂にあつまった多くの庶民、飢えや病に苦しむ人々の姿。
 この人たちを本当に救うことの出来る仏法はどこにあるのか…、法然上人のその後20年にわたる、すべての人々が平等に救われていく仏法を求めての求道の歩みが再び開始されていくスタートラインに立ったのです。
 中野善英上人は、「ナムアミダ仏」と題して次のように述べておられます。

「指一本、動くのでも、指だけで動けるのでない。
全身の活動があって、動けるのです。
指一本だけを切り落として「サアー、お前、動いてみよ」といっても動くことは出来ぬ。
目玉だけを一粒くりぬいて「サアー、君、見てみよ」といっても、眼球だけで見ることは出来ぬ。
背後から「見えるようにしている」全肉体、全神経があるからです。
指が動く自由がある。
目が見る自由があるといっても、その自由を自由ならしめるもっと大きな、天地の「自由意志」がある。
この天地の創意と総力とを総称して「神」といい「仏」という。
無量無辺無碍であるから「アミダ」という。
だからあなたもアミダの結晶、私もアミダの当体、アミダの現れ、アミダが弥陀の浄土で
アミダの業を行じてござるのだ、すべてがアミダの光りをはなって、
絶対無限の弥陀の行をやっているのだ」


 阿弥陀仏が他の仏と違う最も大きなところは、自分の悟りを求めて成仏したのではなく、総ての人々・いや生きとし生けるもの総てを平等に救うための四十八の願いを立てて、それを総て成就して仏となられた仏であるという点にあります。私たちに代わって修行を繰り返し、仏となって救いの光りを永遠に投げかけて、「絶対無限の弥陀の行」、すなわち平等の慈悲の実践、平等救済の行を日々行っておられるのが阿弥陀仏です。
 私たちは、その救いの「ちから」をいただくため、声に出して南無阿弥陀仏と阿弥陀仏の名を呼ぶことが唯一、なさねばならない私たちの行ということになります。
法然上人は、釈迦堂での7日間の祈願の後、20年の歳月をもって、この「救い」の教えに到達するのです。

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