映画館「新富座」を残す運動が起ころうとしています…。

1月22日
 昨日は、ジャズのライブコンサートを終えて、もう一つ「緑と海の合唱団」のコンサートに駆けつけました。なんとか第三部に間に合って、ひさしぶりに元気が出る歌を聞かせてもらいました。来年は25周年になるとのこと。歌い続けてきた「ちから」に敬意を表したいと思います。

 一度は数年間、団員として在籍したこともありましたが、なにせ、歌詞が覚えられません。覚える努力をしなくてもよいくらい、つまりお経のように唱え続けていれば自然に体に染込んでしまうのでしょうが、練習のときだけでは、無理です。すると必死で覚えなければならなくなる…このノルマが自分のペースに合わなくなって、団員を断念しました。

 計画的にいつまでに、これをして、ひとつづつ曲を完成させていって、発表会というスケジュールに自分を合わせていけないのです。発表会前に、追い込まれて歌い・覚える…これでは楽しめなくなってしまいます。その時間だけを毎週、何時間分は計画的に確保していくという配分ができない性分、いったん馬力で一つのことに集中しているときは、ほかの事は全部ほっけらかしにして突っ込む、そのしわ寄せが次の仕事に来て、またそこで時間をかける…好きなはずなのに歌うことは後にあとにと追いやられ、気がつくとコンサート前、いつまでも受験生か、学芸会前の子どものように追い込まれていましたから、やれやれ、これでは無理だと断念して今にいたりました。

 それが悔しいから、コンサートに誘われても、チケットを預かっても顔を出せないわけです。会場で歌を聞いたら、それを続けられない自分を見つめされられるだけになり、しんどさというか、くやしさというか、自分をおしつぶされそうになることがわかっているからです。

 不登校になったりする子どもたちの気持ちもそんなところにあるのかもしれません。

 しかし、今回、コンサートがジャズと重なったことを残念に思いつつ、最後の一曲でも聴きに行こうという気持ちになって、駆けつけたのは、私自身の生き方・考え方が変わった結果であろうと思います。
そして、行ってよかったと思いました。ゆっくりと楽しめましたし、知っている歌は一緒に歌っていましたし。歌のほうはそれでよかったのですが、プログラムに入っていたチラシに目が止まってしまいました。

 団員の杉本さんからの訴えです。それは「『新富座』を残したい」の訴え。
映画館です。今年で閉館というのです。この映画館を伊勢市の財産、市民の財産として残していいのではないか…力をかしてくださいとの訴えです。
 「私たちと同じ思いをしている人と一度集まって話し合いの場をもてたらなぁと思っています」との訴えでした。
 
 このチラシを見たとき、今日、ここに呼ばれたのは「これか」と思ったのです。
『寺が残るように、映画館がのこることは大事だ』と。

 そして「てらこや塾」のことや「スカラシップの会」、「垣見一雅さんのネパールでの活動を支援する会」それにプラスされる『横井久美子さんのネパール・サチコール村での歌う楽校をサポートする活動』に映画館存続運動をどうやってプラスしていくか…ともかく自分に何ができるか…考えてみようと思いました。

 また、仕事を増やしそうです。どこかに接点を見出せるのではないか、何か出来るのではないか…と感じる感覚をしばらく大切に温めてみようと思います。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

リンク
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる