満62歳を前にして…

2月6日
 大学を卒業してからの教師生活、尾鷲工業高校3年、宮川高校5年、明野高校13年、鳥羽高校12年、(内最後の2年間は定時制)を退職したのが55歳。それにしても、尾鷲工業、鳥羽高校の定時制は廃校になり、この3月で宮川高校も廃校となる。かろうじて明野高校は残っているが、学科の改変がすすんだ。鳥羽高校も総合学科に改変されてしまった。
 そして7年が過ぎた。慶蔵院住職としての再出発。残された人生を余生として、ゆっくりと仏の教えに関わって生きようと歩みだしたとたんに、ご縁が学生時代にさかのぼって、当時の伝道学の先生であった土屋光道先生の著書「お念仏を悦び、日々称える人に」を送っていただき、中野善英上人と出会わせていただけました。こうして僧侶としての一歩が始まりました。
 今、62歳を前にして思うことは、これまでを土台として、1年目、1歳としての出発をするという決意です。おぼろげながらも、61歳の時に、60年を差し引いて、ここからが出発だ、55歳で退職して、ここまでが僧侶としての準備期間だった、僧侶としての本当の1年目が始まった…という思いを持って取り組んできた1年間であったと思います。しかし。1年たって、その思いが、もっとハッキリしてきたのです。
 62年間生かさせてもらったきて人生、62年間お返しをさせていただく人生として、その1年目を、1歳として出発していくという思いです。ですから、この地球上での「いのち」は、125歳とさせていただくことにしたのです。
 どこまで歩み続けることができるか、「てらこや塾」をどこまで地域に根ざした教育機関へと育て上げていくことができるか、ベトナムの子どもたちを何年間日本に迎え続けることができるか、三重大学との留学生受け入れの提携は、いつ樹立できるか…、ネパール支援にかかわって、垣見一雅さんの10年後の30周年記念に向けて、垣見さんを支え続ける三重県の会をどこまで力あるものにすることができるか、山本さんのもうすぐ開始する「ともいきハウス」は、いつ多くの老人が集い語らい看取りあう居場所になるだろうか、「てらこや塾」を財政的に支えることのできる事業展開が多くの方々の力添えや自覚ある取り組みによって、どこまで到達できるか…62年後が楽しみになってきます。
 100歳としても同時進行している横井久美子さんが、メジャーデビューして、おいそれと慶蔵院の一会館などでコンサートをさせていただけるなど、とんでもないような状況がうまれたり、慶蔵院住職の辻説法がチケットがないと聞くことができないなどとブレイクするような事態が…これはありえないか…。
 その間に、地震があっても津波が来ても、みんなが生きのびて、助け合い、原発をなくし、核兵器をなくし、戦争をなくし、念仏が世界自由に平和の希望を届け、水をまもり、山を育て、海に育まれ、境内にはカブトムシもせみもあふれかえっている…そこで外国人も日本人も、子どもも大人も学びあっている、そんな寺のある町ができる日まで、自分の全ての時間をささげつくして生きたいと願います…。
 

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