唐招提寺の招提とは、もともと寺のこと。

2月12日
 昨日の「地域コミュニティーとお寺の未来」-共生・地域文化大賞を総括してーのシンポジュームに参加して学んだことを整理していきたいと思います。
 今日は伊藤唯真…浄土門主の特別講話より…。

①、どこの家にも縁側があった。ここに座って近所の人が語り合う。縁側からおすそ分けを届けてくれる生活ののりしろの役割をしてきた。縁側がなくなることは、近所との交流がなくなることでもあった。塀ができ、縁が切れた。縁とはひとを生かす場所。血縁・地縁のほかに、目的集団の縁である志縁。つながりあう結縁。寺の縁という寺縁もある。

②、唐招提寺の招提とは、大阪の地名にもあるが、四方から来る人々を留めて、泊めてくれるところをいい、寺の意味でもある。唐招提寺は、唐から来た僧を留めた寺という意味。このように寺は、開かれた場所であり、コスモポリタン的な場所であった。

③、東日本大震災以来、宗教者団体連絡会議が立ち上げられている。ここでは、上から目線でなく、被災地の方たちと同じ目線にたって、宗派の枠を超え、新しい縁がうまれつつあるる
枠を超え、結界を破るところに大乗の精神がある。ここに無縁社会・絶縁社会を乗り越えていく、一条の光があるのではないか。

 現代に生きる寺の役割を考えさせられました。全てを受け入れていくことのできる寺。それが困難や問題を拡大することになろうとも、目の前の生きとし生けるものの悩み・苦しみ・悲しみに寄り添い、それを受け入れ、ともに生きていこうとする寺、みんなの力を寄せ合って、智恵を出し合って、目の前の問題を、たとえ歩みは微々たるものであっても解決し前進させていこうとする希望と夢をもった寺、その取り組みを通して、より多くの人と縁を結び、縁の力を発揮すること問題解決の近道だということを、みんなが学びあっている寺、地域の人たち、地域に居住するさまざまな国の人たちとも自由につながりあうことのできる寺。古いものと新しいものとが溶け合って、あたたかい・あかるい伝統の中で生かされている寺、みんながあつまってくる寺…というような寺のイメージを掴むことができました。

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