バシー海峡と中嶋さんの奇跡の生還劇

3月13日
 中嶋秀次さんは、1922年、静岡に生まれました。早稲田大学の二年生のときに志願入隊し、第二十六師団独立歩兵十三連隊の通信兵として中国大陸に出兵しました.そして1944年の七月、釜山港から南方戦線へ向かったのです。中嶋さんがのっていた輸送船「玉津丸」は、バシー海峡でルソン島を目の前にして、潜水艦攻撃を受け、沈没。中嶋さんは、バシー海峡を12日間漂流、救助され台湾の高雄陸軍病院で手厚い看護を受け、一命を取りとめることができたのです。

 泳げども泳げどもなお海面に浮かばず早も最後かと思う

 眠るとは死ぬことぞと戦友たちを励ましながら夜を漂う

 這いよりてのむ海水にむせびては灼けし筏に顔伏せており

 戦友らみなバシーの海に沈みたりわれのみ何故にいまを漂う

 よろこびも恨みもあらじ希うらく慎ましくこそ死にて行かまし

 絵のごとし水平線の空白に艦ひとつありわれに向かいく

 中嶋さんは、「この歌集を浪さわぐバシーの海底にねむるわが戦友五千の霊にささぐ」と歌集『バシー海峡』を作成しました。

 奇跡的に生還した中嶋さん、しかし20数万人ともいわれる日本兵が大型輸送船200隻とともに、バシーの海に撃沈されているのです。内、すくなくとも2万5000人を越える兵士の遺体が台湾最南端の二つの岬と湾に漂着したとのことです。

 遺体は台湾の現地の人たちによって葬られました。この事実を私たちは忘れてはならないと思います。そして世界中に真の平和を実現するために、一人ひとりが『なすべきことをなし行くこと』こそ、戦死された御霊に報いることになるのだと思います。私にできることは何か…それを考えています。
 

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