仏光山はどのようにして今に至ったのか…。

3月18日
 お彼岸の中日の彼岸法要まであと2日、ずっと書き続けているお塔婆の残りをかきあげるためには、今日どれだけ書ききることができるかで決まります。なんとか前日の徹夜をさけるための時間配分をあやまってはならない…とは、私のことばではなく妻の言葉…。のんびりとマイペースですすめる私の仕事ぶりを、一週間徹底して管理しきってくれたお陰で、私は、もう大丈夫…という気持ちになっているのに、まだまだ同様の管理が続いています。あと2日あると思っていてお葬式でもはいったらふっとんでしまう…だから今やっておかなくてはならない…と厳しい。しかしそれはその通りなのです。その通りなのですが、私は、どうしてもしなければならないことは後回し後回しにしていく癖が在ります。どうせやらなくてはならないのだから追い込まれればやるから…という発想です。これが危険…結局追い込まれて、徹夜ということになってしまうのです。
いま、すこし時間を割いてブログを書いていますが、かなり今日の分の数としては、目途がつきました。ここまで追い込めばもう大丈夫と判断したらしく、妻は風呂に入って寝床にいきました。12時になる前にと私は、さっそくこれを書いているという始末です。
 台湾旅行で、大きな刺激をうけてきましたが、その一つ、仏光山との出会いがあります。
「仏光山は1967年に、開祖星雲大師の『文化によって仏法を広め、教育によって人材を育成し、慈善によって社会に奉仕し、修行によって人心を浄化する』という理念と宗旨に基づき建立された…」と縁起に書かれています。世界に194の別院と170の仏光協会地方支部が設立されているといいます。
 わずか40年足らずで、これだけのことをなしとげていった「ちから」はどこから生まれてきたのか…興味が尽きないのです。

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