第55回念仏会をおこないました。

5月9日
ミツバ
 夜7時半からの毎月一回の念仏会、今回で55回目。いつもの参加者に加えて、先日電話をしてきてくれた宮川高校時代の教え子も出かけてきてくれました。
 最初にいつものように、講話。今朝の辻説法でも話した「あの世」の話。私たちにとっての「あの世」は、極楽浄土でなければならないのだけれども、「あの世」は、存在しなければならないという話て゛す。「あの世」は、存在することが科学的、客観的に証明できないから存在しないというのではなく、「あの世」があることによって、いまを希望をもって生きることができる人にとっては、どうしても「あの世」は、必要な存在ということになると考えます。
 東日本大震災の時のことです。患者さんを避難させていて津波に呑まれて亡くなった看護師のお母さんについて、医者である息子さんは、患者さんのことを優先して、人の命を護ろうとして「あの世」に行ったお母さんにたして「母に再会した時、恥ずかしくないように生きたい」と語っていました。
 この若い医者である息子さんにとって、お母さんと再会できる「あの世」は、なんとしても必要な存在であり、「あの世」があることによって、息子さんは、いま、お母さんが生きたように患者さんを最優先した医療、人のために尽くすことのできる人生を、母の死を乗り越えて歩むことでできる。「あの世」でのお母さんとの再会を希望に、そしてそのときまでの自分の人生を母を鏡としてよりよく生きることができる…。これは「あの世」の存在があってこそ可能なことだと思います。 
 「あの世」を存在させることができるのが宗教である、その宗教的確信によって可能となることだと思います。
 今晩念仏会に来てくれた教え子も、患者さんを避難させていて津波に呑みこまれた看護師さんのように、多くの人の幸いのため、お年寄りや子どもたちのために身を粉にして献身的に働いてきた人です。多くの人の前で、多くの人に元気になってもらうために、いつも明るく行く手を照らす灯台のように輝いてきました。どれだけ多くの人が励まさせ、助けられ、元気をいただけたことでしよう。人には、つらいことも、弱いところも、しんどさも見せることができなかった疲労と重責が、いま体にのしかかってきているようにおもいました。体が重さに悲鳴をあげだしている…。その体を、根本から元気に回復させることで、また引き裂かれそうな自分から元の自分にもどることができる…と織戸啓先生の施療をすすめました。しばらく体をいたわって、ゆっくりと自分の体のなかから、元気の源が沸きあがってくるまで、自然にまかせて、織戸先生の施療を受けてもらいたいと思います。大丈夫です。自然に治癒力が発揮されることでしよう。

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